ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
リリーシュもルシフォールも、違う頭で同じ事を考えていた。ルシフォールはエリオットから、リリーシュはアフターヌーンティーで、それぞれ言われた言葉が胸に重く沈んでいた。

ーー俺の所為でリリーシュが悪く言われる

ーー私の所為でルシフォール様が悪く言われる

お互いが自分の所為だと、ため息を吐いていた。

「リリーシュ。こちらに来ないか」

コンコンと内側の扉がノックされる。未だに慣れないリリーシュだが、ルシフォールから声を掛けられるのはとても嬉しかった。自身のネグリジェ姿を見られるのは恥ずかしいが、ルシフォールのリラックスした姿は見たいと思ってしまう。

普段一つに縛られているプラチナブロンドの髪は下ろされており、その姿を見る度にリリーシュの胸はドキドキと高鳴ってしまうのだった。

「ルシフォール様」

扉を開けると、リリーシュは少し恥ずかしそうにヘーゼルアッシュの瞳をキョロキョロと動かしている。ルシフォールもまた、彼女のこんな姿が可愛くて仕方なかったのだ。

(あぁ。今日も素敵だわ)

(あぁ。今日も可愛らしい)

十六の女と二十二の男が向かい合い顔を紅くしている様は、もしもこの場にユリシスが居たなら手を叩いて大笑いした事だろう。

リリーシュはルシフォールの部屋のカウチソファにちょこりと腰掛け、ルシフォールもやや距離を空けその隣に腰を下ろす。

「本日もお勤めご苦労様でございました」

「あぁ。お前は今日、何をしていたんだ?」

「私は王妃様主催のアフタヌーンティーに参加させて頂いておりました」

「…何か嫌な事は言われなかったか?不快な思いをしただろう」

「いいえ、そんな事はありません。ご夫人方に紹介して頂きました」

「本当か?」

アイスブルーの澄んだ瞳に見つめられると、リリーシュはいつも堪らない気持ちになった。この距離がもどかしくて、その綺麗な瞳をもっと近くで見たいと思ってしまう。

心配そうな表情のルシフォールに、リリーシュは何も言わずにこりと微笑む。本当は、とても嫌な思いをした。ルシフォールの事を悪く言われるのは、耐えられなかった。

「本当に大丈夫です。ルシフォール様もご存知でしょう?私は案外強いのです」

「ははっ、そうだな。お前は俺よりもずっと強い」

ふんと鼻を鳴らしてみせるリリーシュを見て、ルシフォールは頬を緩ませる。

「扉を椅子で壊そうとするくらいだしな」

「あっ、それを言うのは嫌ですわルシフォール様っ」

頬を紅潮させむくれたリリーシュを、ルシフォールは心の底から愛しいと思った。

「リリーシュ」

「はい、ルシフォール様」

「もう少し、傍にいきたい」

「…どうぞ」

月明かりに照らされた二つの影が、ゆっくりと重なる。ルシフォールにそっと身を預けながら、リリーシュは幸せに胸が苦しくなった。

((どうすれば、傷つけずに済むだろう))

心までピタリと重なったかの様に、二人は同じ事を考えていた。
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