ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
エリオットは毎日毎日、ルシフォールの顔を見なければならない事が本当に嫌だった。王妃陛下からの申し出を断れる筈もないし、少しでもリリーシュに会えるならばと思ってはいたが、予想以上に辛かった。

ルシフォールは確かに、噂通り冷徹で無口な男だった。しかし最近では少しずつ変わりつつあると、周囲の見習い騎士達が話しているのを耳にした。それはきっとリリーシュの影響。そう考えるだけで、嫉妬心で頭がおかしくなりそうだった。

自分と違い、ルシフォールはもう二十二の立派な成人男性。性格を棄ておけば、地位も能力も容姿も全てが完璧だ。こうやって剣を交えていると、彼の才覚が良く分かる。ただ力で押さえつけているのではなく、洞察力と空間認識能力に驚く程長けているのだ。

いかに体に負担の少ない動作で相手を制圧するか。悔しいが、彼から学べる事はとても多かった。

ーー随分と舐めた口を聞くんだな。所詮は親に頼らねば生きていけぬ子供の分際で

ルシフォールからそう言われた時は、顔から火が出そうだった。全く持ってその通りであり、自身も焦りを感じていたからだ。だから、リリーシュが喜ばないと分かっていてあんな手紙を渡したのだ。

嫌だ。ルシフォールにとられたくない。彼女は僕の、大切な女の子なんだ。

あれだけ、気持ちを伝えていたのに。どうして彼女はそれを分かってくれないのか。可愛い、素敵だ、君と居ると幸せだと、惜しみなく愛情を注いできたつもりだったのに。

好きだと告げる事は出来なくとも、いずれ自立し両親を納得させてからきちんと彼女に結婚を申し込む筈だった。リリーシュだって幼い頃は“エリオットと家族になりたい”と言っていた。あの頃は素直になれなかったが、今の自分は違う。

今ならまだ間に合う。彼女の心に一番近いのは僕の筈なんだ、と。

ルシフォールに勝てる所が見つからなかったエリオットは、卑怯だと分かっていながらアンテヴェルディ家の借金の話を持ち出した。案の定ルシフォールの顔色は変わり、エリオットは安堵する。

この様子なら、まだ二人の心は離れている。両親との約束を違える事にはなるが、あの二人もルシフォールとリリーシュの婚約には反対の筈。自分がリリーシュを説得しウィンシス家の力で借金を帳消しにすれば、彼女を取り戻す事が出来るのだ。

リリーシュだってきっと本心ではそれを望んでいる。

「ごめんなさいエリオット。あの手紙は燃やしてしまったの」

そう信じていたエリオットは、リリーシュの言葉を聞いて石で頭を殴られた様な気分になった。

ルシフォールが執務で不在の今日、本当は訓練場に来る理由などない。しかしもしかすると彼女から返事を貰えるのではと、期待に胸を膨らませていた。

案の定彼女はやって来たが、放たれた言葉はエリオットにとって悲しいものだった。
< 141 / 172 >

この作品をシェア

pagetop