ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
僕は一体、どこから選択を間違えてしまったんだろう。もっと優しくすべきだった?好きだと伝えるべきだった?親に逆らってでも結婚を迫るべきだった?

こんな事を考えていても、何の意味もないと分かっているのに。リリーシュの表情を見ていると、エリオットは自分が膝から崩れ落ちてしまいそうで、彼女に気付かれないようグッとベンチに深く座り直した。

「僕はずっと、君が女性として好きだった。幼い頃は酷い態度を取ってしまった事もあるけど、あれは恥ずかしくてどう接して良いか分からなかったんだ。もしかして、あの時から僕の事を嫌いになってしまった?」

「そんな事ないわ。どんなエリオットも、私の大切な幼馴染よ」

「それだけ?僕を一度も男として見た事はないの?」

「…ごめんなさい、エリオット」

理解していた筈なのに、改めて言葉にされると心が引き裂かれたかの様に痛む。リリーシュが誰かに恋をするという感情を無意識に殺していた事は、エリオットだって知っていたのに。

彼女はそういう性格だ。両親の為家の為、自身の意思というものを表に出さない。かといって無理をしている風もなく、ただ“仕方のない事だ″と受け入れるだけ。

確かに小さな頃のリリーシュは、エリオットとの結婚を夢見た事もあったかもしれない。しかし彼女は成長するにつれ、王家に近しいウィンシス家との格差を実感し、そしてそれを受け入れてしまったのだ。

”エリオットと結婚出来ないのは仕方のない事なのだ”と。

幼馴染としての立場を利用し、リリーシュの一番近しい存在になった。しかしそれは決して、男として彼女の心を掴めた訳ではなかった。

ーー僕は、親しくなり過ぎてしまったんだ

「…嫌だ、認めたくない。僕は君を、君を失ったら生きていけない……」

ポロポロと涙を溢しながら、エリオットはエメラルドの瞳をリリーシュに向ける。彼女にとって自分は既に家族となってしまったんだと、その事を受け入れられなかった。

「…エリオット」

リリーシュの瞳にも、じわりと涙が滲む。自分はなんて愚かなのだと後悔しても、もう遅い。

「好きなんだ、愛してる。ルシフォール殿下と結婚なんてしないで、リリーシュ…」

「私…私は……」

「脅されているだけなんでしょう?怖くて逆らえないんだよね?お願いだから、そうだと言って」

こんな風にみっともなく縋りついても彼女の心は取り戻せない。しかし、簡単に諦められる想いではなかった。エリオットはリリーシュと過ごした時間の分だけ、彼女を深く愛していた。

頬に溢れたリリーシュの涙を拭おうと、エリオットは手を伸ばす。自分の髪色と同じヘーゼルアッシュの瞳が、エリオットはとても好きだった。

「違うのエリオット。私はルシフォール様の事が」

嫌だ。聞きたくない。

「ルシフォール様の事が、好きなの」

彼女の頬に触れる前に、エリオットの手が力なく下に落ちた。
< 143 / 172 >

この作品をシェア

pagetop