ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「もう少しここに居たいから先に行ってくれないかな?」

そう口にしたエリオットの瞳に、もう涙は滲んでいなかった。リリーシュはエリオットに小さく手を振ると、その場を後にする。そして、少し離れた場所に居たユリシスに声を掛けた。

「ユリシス様。今日は無茶な願いを聞き入れてくださり、本当にありがとうございました」

腕を組み壁にもたれていたユリシスは、彼女を見て柔らかな笑みを浮かべる。

「彼とちゃんと話は出来た?」

「…はい、お陰様で」

赤くなったリリーシュの瞳を見れば、大体の内容は予想がつく。リリーシュから場を設けてほしいと頼まれた時は少し驚いたが、ユリシスは既に彼女の事を信頼していた。そして、エリオットにも同情出来る部分はある。

アンテヴェルディ家が借金を負った時王妃が横槍を入れなければ、今彼女の隣に婚約者として立っていたのは彼である可能性が高い。リリーシュはどこぞの伯爵家からも求婚されていたようだが、そんなものはウィンシス家の相手にはならない。

「大丈夫かい?リリーシュ」

「はい、私は…」

平気だと答えようとしたリリーシュだが、既のところで口をつぐむ。そして柔らかな表情をユリシスに向けた。

「後程、ルシフォール様に寄り掛からせて頂こうと思います」

「それは随分と大胆な発言だね」

「はしたないと思われるでしょうか」

「いや、きっと喜ぶよ。アイツは誰かに頼る事も頼られる事も、本来は好きなんだ」

「まぁ、それは良かった」

「ははっ。君と話すのは本当に楽しいよリリーシュ」

「嬉しいですわ、ユリシス様」

地味だ、つまらないと噂されていたリリーシュにとって、真面目に相手をしてくれるのはエリオットくらいのものだった。それも今後は、今までと同じ関係とはいかなくなるだろう。

そう考えるとまた涙が溢れてしまいそうになるが、もう前に進むと決めた。

(私は、胸を張ってルシフォール様の隣に立てる様な女性になりたい)

瞳を充血させながらも凛とした表情をしているリリーシュを見て、ユリシスは内心安堵の溜息を吐く。彼女を信じていたとはいえ、万が一の事態が発生した場合ルシフォールを傷付けることになり、それだけは避けなければと思っていたからだ。

しかしどうやら、その心配は杞憂だったらしい。自分達が思うよりもずっと、リリーシュはルシフォールを大切に思っている。

「リリーシュ。これからも何かあったら、遠慮なく僕を頼むんだよ。君のパートナーはルシフォールだけど、周りに顔が効くのは僕の方だからね」

「ふふっ、ありがとうございます。その時は遠慮なく、お声をかけさせて頂きますわ」

「あぁ。待っているよ」

同じ宮殿に住まう事になった二人が周囲から何と言われているのか、当然ユリシスの耳にも入っている。

しかしこの様子ならばきっと心配は要らないだろうと、舞い散る粉雪をぼんやりと見つめながらユリシスは思った。
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