ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
リリーシュを横乗りで馬に乗せ、ルシフォールはゆっくりと手綱を引く。周囲からの視線がちくちくと刺さり、恥ずかしさといたたまれなさで下を向いていたリリーシュだったが、その内に馬に乗っているこの状況が楽しいと思い始める。

(この馬は、ルシフォール様が以前乗っていらした子よね。この子がルシフォール様の愛馬なのね)

そっと背中を撫でると、ピクリと反応した様な気がする。ゆっくりと左右に振られている尻尾がとても可愛らしいと、リリーシュは夢中で見つめる。

「ふふっ」

次第に周囲も気にならなくなり、リリーシュは馬に夢中になる。雪かきの施された石畳の上を打ちつける蹄の軽快な音も、耳に心地良い。

(ルシフォール様に会いたい一心でここにやって来たけれど、まさか馬に乗せていただけるなんて)

「…」

無意識に唇を尖らせているルシフォールを見て、側に居た士官がギョッとする。普段のいらいらとした不機嫌な表情ではなく、まるで子供が拗ねている様な雰囲気だったからだ。

彼の視線はリリーシュに向いている。そのリリーシュは、見られていることに気付いていない。その内ルシフォールが怒りだしてしまうのではないかと、士官はハラハラしながら二人を見つめた。

「リリーシュ」

「お前は本当に良い子ね」

「リリーシュ」

「あっ、はい。なんでしょうルシフォール様」

「お前は俺に会いに来たのではないのか」

「はい、その通りでございますが」

「…乗せるんじゃなかった」

「?」

リリーシュは全く意味を理解しておらず、こてんと首を傾げる。ルシフォールは手綱をグッと短く引き馬を止めると、彼女に向かって両手を伸ばした。

「ルシフォール様?」

「来るんだ、リリーシュ」

「あの、ですが」

「そのままこちらに、飛んでこい。俺が受け止める」

「……えいっ」

いまいち状況が理解出来なかったが、リリーシュは大きく広かれた彼の胸の中に飛び込む。ルシフォールは揺れる事なく、しっかりと彼女を抱き止めた。

「大丈夫か?」

「は、はい」

体の事を聞かれているのならば、それは全く問題ない。しかしルシフォールと密着しているこの状況では、心臓の方が持ちそうにない。

先程まで彼女の頭の中は馬でいっぱいだったのに、今では全てがルシフォールに占拠されてしまった。

「私、ルシフォール様の大切な馬に何かしてしまったでしょうか?」

ぷはっと顔を上げ、リリーシュはルシフォールの瞳を見つめる。抱き止める際に当たったのか、鼻の頭が少し赤くなっていた。

「いや、そういう訳ではない」

まさか馬に妬いたとは言えず、ルシフォールは誤魔化す。すると何故か急にリリーシュの指が自身の鼻に触れた事に、ルシフォールはピクリと体を反応させた。

「どうしましょう、赤くなっています」

「…問題ない」

「ですが」

「ほ、本当に大丈夫だから」

ルシフォールは恥ずかしいと思いながらも、顔を逸らすと手が離れてしまう為リリーシュにされるがままだった。

「……」

ーー自分は一体、何を見せられているんだ

傍に居た士官の顔色は真っ白だった。
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