ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
結局馬から馬車に乗り換えた二人は、帰城報告の為本宮殿へとやって来た。ルシフォールが国王陛下に謁見している間、リリーシュは久々に庭園を散策する事にした。

今リリーシュ達が生活している宮殿はここまで少し距離があり、この寒い中自身の都合で馬車を手配させるのも申し訳なくて、足が遠のいていた。

(あっ、あの花が咲いているのを初めて見たわ)

まだ花の咲き誇る季節には早く、相変わらず庭園に大した色はない。それでもリリーシュにとっては、とても楽しいひと時だった。

「おや、リリーシュ?」

不意に名を呼ばれ、彼女は振り返る。そこには、ルシフォールの兄でありこの国の第二王子でもあるアンクウェルが立っていた。

「久し振りだね」

「アンクウェル様。お久しぶりでございます」

彼を見たリリーシュはアイスブルーのドレスをふわりとひるがえし、丁寧なカテーシーをしてみせる。それに対しにこりと微笑んだアンクウェルは、相変わらずとても美しかった。

(似ているけれど、やっぱり違うわね)

瞳の色や顔の造りはルシフォールと良く似ているが、取り巻く雰囲気は全く違う。婚約者を火事で亡くしたアンクウェルは”麗しき悲劇の王子様″として、二十四を超えた今もなお貴族女性達から絶大な人気を誇っている。

このアンニュイな表情が女性を虜にするのだろうなとリリーシュも思うが、だからといって特に特別な感情は浮かばない。

いや、あった。今は邪な考えが。

(ルシフォール様のお兄様だもの、出来るだけ気に入られたいわ)

とはいえ、こんな風に思うのは初めてなので好かれる為に実際どうすれば良いのかは思いつかないが。嫌われたら嫌われたで仕方がないとして生きてきたリリーシュには、媚の売り方が分からなかった。

「何だか面白い顔をしているけど、何か考え事をしてる?」

美しい立ち姿のアンクウェルは、リリーシュの顔を見ておかしげに笑う。恥ずかしくて、彼女はポッと頬を染めた。

「アンクウェル様はいつも、何でもお見通しなのですね」

「他人と関わる事が多いせいかな。まぁ、性分もあるだろうけどね」

「アンクウェル様は外交にとても長けていると、ユリシス様から伺った事があります。今回の視察にも同行されたのですか?」

「いや、今回僕は不参加だよ。視察場所は国内の僻地だったし、相手は少々荒くれ者達だったからね。そういう時は僕よりも、ルシフォールが行った方がいいのさ」

「ふふっ、何となく想像がつきますわ」

「だろう?」

くすくすと笑うリリーシュを見て、アンクウェルは胸がほわりと温かくなった。この子は弟の事になるとこんなにも楽しそうに笑うのか、と。

「色々と噂は聞いているよ。二人は上手くいっているみたいだね」

アンクウェルの言葉に、リリーシュの顔はたちまち哀しげに憂いを帯びる。てっきり赤く頬を染めるだろうて思っていたアンクウェルは、予想外の反応に目を丸くした。

「どうしたの、リリーシュ。僕で良いなら話を聞かせて」

「アンクウェル様…」

「ルシフォールに何か言われた?」

ぶんぶんと首を左右に振るリリーシュを見て、二人の仲に問題はなさそうだとアンクウェルは思う。とすると後は…

「周囲から良くない事を言われるんだね」

「…ですがそれは、実際のところ事実なのです。私は元々、実家の借金の帳消しと引き換えにここへやって来たのですから」

「だけど今は違うだろう?事実と異なる事を言われて傷付かない人間など居ないよ」

「アンクウェル様…」

「リリーシュ。君さえ良ければ、もう少し詳しく話を聞かせてくれないかな。そもそもどうして、アンテヴェルディ程の家が借金を背負う事になったのか」

「あの、私…」

「約束する。二人の為に、決して悪い様にはしないと」

アンクウェルの真摯な態度に、リリーシュはおずおずと口を開き事の経緯を説明し始めた。
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