ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「お嬢様、先程から溜息ばかりですがお体の調子が宜しくないのですか?」

書斎机に座り、ペンを取る。しかしそれを紙に走らせることなく、リリーシュはただボーッと見つめるだけ。そんな彼女の背中に、侍女のルルエが遠慮がちに声を掛けた。

「大丈夫よ、ルルエ。心配掛けてごめんなさい」

「何かあれば、いつでも仰ってくださいね」

「ありがとう」

ルルエにお礼を言うと、リリーシュはそのままペンを置いた。エリオットに手紙を書くことを、彼女は辞めたのだ。

今、冬休み前に行われる試験に向けてきっと彼は忙しい筈。そんな時にアンテヴェルディ家の問題を、彼に相談することが心苦しく思えた。

ラズラリーは、ワトソンは既に彼女がやろうとしていることを認めていると言っていた。それならば、幾ら私が彼に直談判した所で無駄になるのは明らかだ。

兄だってエリオットと同じように試験勉強に追われていることだろうし、例えそうでなかったとしても正直に言って彼は頼りにならない。反対すればラズラリーがヒステリックになると分かっているから、そんな面倒になりそうなことをきっと兄はしない。

優しくて人当たりのいい兄のことは好きだけれど、それとこれとは話が別なのだ。

リリーシュは気持ちを整理しようと、ルルエを連れて部屋を出る。外は冷えるからと、ガウンを羽織らせてくれた彼女にリリーシュはお礼を口にした。

(やっぱり、冬の空はとても綺麗だわ)

ツンと肺を刺すような冷たい空気が、リリーシュは好きだった。心が空になって、また新しいものを受け入れられる気分になるのだ。要は、気持ちの問題。リリーシュはずっと、そうして生きてきた。

目を瞑り、鼻から深く息を吸い込む。胸いっぱいに空気を吸い込んで、無数の星が瞬く美しい空に向かって思いきり吐き出した。

そうして、リリーシュは思う。

(人生はきっと、そういうものなんだわ)

と。

この家は一度、きちんと理解した方がいいのかもしれないとリリーシュは思った。これから先何度も何度も同じことが繰り返され、リリーシュはその度にエリオットに意見を乞う。優しい彼は、決して私を見捨てたりしないだろう。

しかし、いずれはお互い別の誰かと結婚することになる。私は家を出て嫁ぎ、いつまでもエリオットに頼ることはできなくなる。兄が家督を継いだとして、果たしてラズラリーが変われるだろうか。父と兄は、良く似ているのだ。

それならば、ウィンシス家との交流がある内に一度痛い目を見ればいいのだ。酷い言い方かもしれないけれど、リリーシュの本音はそうだった。ウィンシス家との交流がある限り、領民達が路頭に迷うような最悪な事態は防げる筈。

最後まで他人頼りなのを申し訳なく思ったが、所詮リリーシュは学校にも通っていない只の令嬢。人脈もなければ秀でた才覚もない、結局は運を天に任せるより他はないのだ。

それにリリーシュは、特段無理をしている訳でもなかった。結局のところは事実を受け止め、それに順応するしかない。彼女は、それがとても得意だった。
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