ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「今度はちゃんと、自分の力で現状を変えたいのです」

「リリーシュ…」

「なんて偉そうに言いましたが、きっと私一人の力では難しいでしょう」

「二人の事なんだから、ルシフォールも協力するべきだよ。もちろん僕だって、出来る事があるなら喜んで協力しよう」

「ありがとうございます、アンクウェル様。とても心強いですわ」

にこりと笑うリリーシュを見て、アンクウェルも優しく微笑む。やはりこういう時に強いのは女性だと、アンクウェルは思った。

「君に出会えたルシフォールは幸せ者だね」

「それは私の方です。今までの自分が全てひっくり返ってしまったのですから」

「つまり君達は相性が良いんだ」

「ふふっ、そうであれば嬉しいですね」

アンクウェルはリリーシュに向き直り、頭を下げる。突然の事にリリーシュも慌てて背筋を正した。

「以前も言ったかもしれないけれど、弟をどうかよろしくお願いします」

「はい、精いっぱい努力致します」

二人は目を見合わせて小さく笑い合った。





暫くして、謁見を終えたルシフォールがこちらに近付いてくるのが見えた。リリーシュは立ち上がり、ドレスの裾を持ち上げたたっと駆けていく。地味だ無表情だと言われているリリーシュの瞳はきらきらと輝いていて、アンクウェルはとても可愛らしいと思った。

「ルシフォール様っ」

「寒かっただろう」

「いいえ。アンクウェル様と偶然お会いして、お話に付き合って頂いたので寒さは感じませんでした」

リリーシュは振り返り、アンクウェルににこりと微笑みかける。アンクウェルは片手を上げたが、ルシフォールの凍てつく瞳に気が付いてすぐに手を下げた。

「リリーシュが世話になった様で」

「い、いや。僕の方が楽しい時間を過ごさせてもらったよ」

まさかルシフォールの口からそんな台詞が出るとは思わなかったアンクウェルは、動揺を隠せない。ルシフォールもルシフォールで、アンクウェルなら心配は要らないと分かっていながらも、嫉妬心が抑えきれない。

帰城報告など部下に任せれば良かったと後悔していた。

「さて。騎士もご帰還なされた事だし、僕はそろそろ行こうかな」

がるがるという威嚇が聞こえてきそうなルシフォールに苦笑いしながら、アンクウェルはそう口にする。そして再び、リリーシュに向き直った。

「リリーシュ。何かあったら、いつでも僕を頼って」

「はい、アンクウェル様。本当にありがとうございました」

「ルシフォール、そんな顔をするな。事の経緯は後で彼女から聞くと良いよ。僕は二人の応援者だから」

「…俺は別に」

「はいはい。大分素直になった様だけど、彼女を守るにはまだ足りないみたいだね」

「…肝に銘じておきます」

ルシフォールは癪だったが、以前のアンクウェルの忠告のお陰で今こうして彼女と心を通わせていられる事も事実なので、反論はしなかった。

「じゃあ」

アンクウェルはリリーシュから受け取ったコートを羽織ると、颯爽と去っていく。

「……」

ルシフォールは無言で、自身のコートをリリーシュの肩に掛けたのだった。
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