ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。


リリーシュは馬車に乗り込む直前まで、城門の側に立つルシフォールを見つめていた。彼もまた、リリーシュしか映っていないかのように彼女を見つめ続ける。

馬車の傍まで行ってしまえば、自分はきっとリリーシュを引き止めるだろうと思い、ルシフォールは勝手に前へ進もうとする脚を必死に押さえつけていた。

ユリシスも彼の隣で、心配そうに二人を見ている。リリーシュが実家へ帰るという噂を聞きつけた貴族達も、さり気なくこの場で様子を伺っていた。噂は勝手に一人歩きをするもので、彼女が宮殿を出た理由について様々な説が飛び交っていた。

その大多数は否定的なもので“リリーシュが遂にルシフォールに追い出された”という類のものだ。これを好機とばかりに、リリーシュの後釜に収まろうと目論んでいる貴族令嬢も多い。前例が出来た分、自分にも可能なのではないかという希望を誰もが勝手に見出していた。

「お嬢様…」

馬車の中で、ルルエは片時も離れずリリーシュに寄り添おうと誓う。彼女は二人が嫌い合って城を離れる訳ではないと知っているからこそ、リリーシュの事が心配で仕方なかった。

がやがやと煩い外野を今すぐ怒鳴りつけてやりたかったが、リリーシュに堅く止められていた為それも出来ない。

「ルルエ、私は大丈夫よ」

「止めてください、ちっともそんな顔をしていないじゃないですか」

「それでも、大丈夫なの。私は生まれ変わる為に、あの方の傍を離れるのだから」

「リリーシュお嬢様…」

「あらあら、まぁどうしましょう」

遂に泣き出してしまったルルエの背中を、リリーシュは慌てて摩る。ハンカチを差し出すと、彼女はそれを素直に受け取ってくれた。

「私はずっと見てきたのです。ここへ来てから、お嬢様がどれ程辛い思いをされてきたのか。やっと、やっとルシフォール殿下と通じ合う事が出来たというのに、こんな…」

ルルエには何故家に帰るかの詳細は話していないが、彼女は何となく予想がついていた。周囲からの視線や噂というものは時に刃よりも鋭く、人の心を簡単に壊してしまう。

二人は互いを守る為に、戦う決意を決めたのだろうと。

それを分かっていても、ルルエはリリーシュの事が不憫でならなかったのだ。家族と離れ、エリオットと離れ、当時のルシフォールはとても酷かった。

彼女は自身の力で今の幸せを手に入れたのだ。周囲が何と言おうと、リリーシュは素晴らしい人物だ。

「私は…私はこれからもずっと、お嬢様の味方です……っ」

「ふふっ、ありがとうルルエ。貴女が居てくれるから、私は笑顔でいられるわ」

「お嬢様…うぅ……っ」

彼女の温かな背中を摩りながら、リリーシュは心からそう思った。

こうやってルルエが代わりに泣いてくれるからこそ、自分は毅然としていられる。

上手くいくかどうかも分からない事の為にルシフォールの元を離れた事を、リリーシュは内心とても不安に思っていたのだった。
< 152 / 172 >

この作品をシェア

pagetop