ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
ほどなくしてワトソンとカルスが揃って帰宅し、ラズラリーとリリーシュで二人を迎える。食堂に並べられた山程の料理に、彼女はほんの少し怪訝そうな顔をした。

(あんな事があっても、やっぱり何も変わらないのかしら)

でれでれと嬉しそうに笑う父親と子供の様にはしゃいでいる母親に、水を差したくはない。しかし借金と引き換えに身を差し出したリリーシュが複雑な感情を抱くのは仕方のない事だ。

「リリーシュ、ちょっと」

彼女の心境に唯一気付いたのは、兄であるカルスだ。何かと目立つ両親の影に隠れ、地味だなんだと言われてきた私達兄妹。兄ながら整った顔をしているが、リリーシュと同じく本人に目立ちたいという意思のない人物だった。

「お兄様」

「一応、俺から誤解のないように説明しておくけど」

リリーシュと同じ瞳と髪の色、そしてひょろりと背の高いカルスは、身を縮こまらせてリ彼女の耳元で囁く。

「お前が宮殿に上がってから、二人共大分反省してたらしいよ。なんせ相手があの第三王子だったし。家の事を考えると帰ってこいとは言えないけど、内心では追い出されて帰ってきて欲しかったんじゃない」

「そんな…」

「俺は自分が帰って来てからの事しか知らないけど、普段はこんなに豪華な食事もしてないし、母さんは夜会も昔ほどは開いてない。父さんも、本腰入れて領地経営に打ち込んでる。まぁ、どっちも今更かよって話だけどな」

呆れたように溜息を吐くカルスの隣で、リリーシュはその瞳にじわりと涙を滲ませた。

「良かった…本当に……」

本音を言えば、不安だったのだ。今回の事をウィンシス家に相談しないように言ったリリーシュを、内心では責めてるのではないか。どんなに悪評が高かろうと、自分の娘が自国の王子の妃になれるかもしれないと、喜んでいるのではないか。のこのこと家に帰れば、ガッカリされるのではないか。

そう考えると、リリーシュは怖くて堪らなかったのだ。

「…お前にばかり背負わせて悪かったよ。俺もこれからは、もっと家の方を気にするから」

「お兄様…」

普段淡白なカルスだが、色々と背負っていた妹の姿に胸が締め付けられる。リリーシュは本当は、ウィンシス家のエリオットと結婚したかったのだろうと思っているカルスは、今後彼女だけに重荷を背負わせる事のないようにしなければと、強く心に誓った。

「そういえば、お兄様。先程少し、不思議な事があったの」

指で軽く涙を拭ったリリーシュは、カルスを見上げる。

「不思議な事?」

「あのゴシップ好きのお母様が、宮殿での暮らしぶりをちっとも私に聞こうとしないの。話そうとしたら、二人が帰ってからにしましょうって止められたのよ。お母様らしくないわよね?」

「あぁ。だってそれは…」

言いかけて、カルスはしまったとばかりに手を口元にやる。幸い、表情筋の発達が乏しい彼の焦った顔はリリーシュには気付かれなかったようだ。

「母さんなりにお前に気を遣ってるんだよ」

「そうなのかしら」

「せっかく帰ってきたんだから、そんな細かい事気にしなくて良いって。ほら、夕食にしよう」

「ええ、分かったわ」

ふいっと身を翻して行ってしまったカルスに続き、自身も足を進める。兄の態度が何となく引っかかるリリーシュだったが、まぁ確かに些細な事かと思い直し気にするのをやめた。
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