ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
家族で食卓を囲んでいる間、アンテヴェルディ家の面々は思い出話に花を咲かせた。リリーシュはチラッと後ろを見たが、かつての仲間達にゆっくりと再会できルルエも嬉しそうだと、胸が温かくなった。

家族団欒の穏やかなひと時なのだが、リリーシュは拭えない違和感を感じ終始首を傾げていた。

(どうして誰も、私の事を聞かないのかしら)

今回何故家に戻ってきたのか、婚約の話はどうなっているのか、ルシフォール殿下は噂通りの人物なのか。などなど、誰もが気になっているだろう事柄について一切触れられない。気を遣っているのだろうとも思うが、雰囲気的にはむしろ嬉しそうだ。

まるで私が”一時的な帰宅“だと知っているかのように。

「あの、少し良いかしら」

「おやリリーシュ、どうした?」

「私がどんな生活を送っているのか、気ならないのですか?」

「あぁ、それならばもう」

「父さん!」

「あ…っ」

カルスが怖い顔で睨み、それに対してジャックがしまったとでもいう風に手で口元を覆った。リリーシュは、ピクリと片方の眉を上げる。この状況に、何となくピンときたのだ。

「もしかして、私が宮殿でどんな生活を送って来たのか全てご存知なのでは?」

「い、いやまさかそんな…」

(何て嘘が下手くそなの!)

父親のあまりの棒演技に、リリーシュは思わずあんぐりと口を開けた。彼は元々嘘が似合わない性分なのだ。

「ねぇもう良いじゃない。隠し事なんて私達には無理よ」

おたおたとしているワトソンを庇う様にラズラリーが言い、カルスが溜息を吐く。やはり、リリーシュが感じていた違和感は間違いではないようだ。

「実は俺達、お前が宮殿でどんな風に扱われているのか全部知っているんだ」

「まぁ。それは何故なの?」

「王妃陛下だよ。あの方が、度々使いを寄越してくれていたんだ」

「王妃陛下が?それは本当なの?」

「こんな嘘吐くかよ」

確かに、彼女の名を騙るなど出来る訳もないしそんな事をする意味もない。しかし、宮殿でのオフィーリアの態度や言動を思い返しても、自分に好意的なものはなかったように思うのに。

「リリーシュ」

ラズラリーは立ち上がると、リリーシュの手をそっと自身のそれで包み込む。彼女の瞳には、薄らと涙が浮かんでいた。

「私達の所為で、しなくても良い苦労を背負い込んでしまったのね」

「お母様…」

あのラズラリーが、自らを責めている。今までも決して悪い母親ではなかったが、彼女はまだ母親になりきれていない部分も確かにあったのだ。

「どうか、幸せになってちょうだい。その為ならばどんな事でもするわ。貴女を送り出したあの時そう誓ったの」

「とても嬉しいです、お母様」

リリーシュが少女のようにふわりと笑う。いつもはどこか大人びていた笑顔とは全く違うと、ラズラリーは驚いた。

「ですが、王妃陛下はなんと仰っていたのですか?」

「詳しい事は然程。リリーシュがルシフォール殿下に気に入られ、お互い想い合っているとだけ。今回の里帰りは、運命と戦う為だとも。どうか温かく見守ってやってほしいと、手紙にはそう書いてあったよ」

「まぁ。なんてことなの」

オフィーリアは、全てお見通しだったという事か。それならばもしかすると、あの“意地悪なお茶会”も彼女がワザと仕組んだという事なのだろうか。

初めて会った時から、リリーシュは彼女の意図が全く掴めないままだ。

(きっと私、あの方の掌の上でくるくると踊っているんだわ)

もしかするとワトソンが自身の姉を恐ろしい人だと表現していたのはこういう部分なのかもしれないと、リリーシュは妙に納得したのだった。

「そういえばリリーシュ。明日、ウィンシス一家がここにやってくるよ」

ワトソンが何気なくサラッとそう口にする。リリーシュはエリオットの悲痛な表情を思い出し、ぢくんと胸の奥が痛むのを感じた。
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