ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「リリーシュ」

ラズラリーの次は、カルスが彼女の側に寄ってくる。その表情は哀しげで、妹を案じる兄の顔をしていた。

「今更こんな事を言うのはおかしいかもしれないが、お前本当に結婚相手がルシフォール殿下で良いのか?」

「まぁカルス、何を言い出すの!リリーシュはルシフォール殿下と」

「でもそれはあくまで王妃陛下の意見だろ?詮索するなと書かれてあったけど、こうなった以上聞かずにはいられないだろう」

リリーシュ程ではないが彼も充分な事なかれ主義者である為、両親もリリーシュもカルスの姿に驚いている。しかし彼は、ここで有耶無耶にする事は妹の為にならないと考えていた。

そして、エリオットの為にも。

「リリーシュは、エリオットの事が好きだったんじゃないのか?」

これは確実に王妃陛下の言う”余計な詮索″に入るだろうと、カルスは内心冷や汗をかく。

「もちろん大好きよ。彼は大切な幼馴染ですもの」

「いいや、それだけじゃないだろう。エリオットは明らかにお前を好いていたし、お前だってそうだった。小さい頃はアイツと結婚したいと、騒いでいたじゃないか」

「あぁ、そうだったそうだった。エリオットが帰った後はいつも涙目で私に抱き着いてきて、それは可愛かったなぁ」

昔に思いを馳せるワトソンを、カルスは一応目の端くらいには入れておいた。

「それは小さな頃の話でしょう?ウィンシスとアンテヴェルディでは、格が違うもの」

「じゃあ、エリオットに対してお前はちっとも恋愛感情を持ち合わせていなかったと言う事なのか?」

「分からないわ。そんな風に考えた事がなかったの。本当よ」

哀しげに眉を下げるリリーシュを見て、カルスは彼女の肩にそっと手を置いた。なにも責めたい訳ではないのだ。

「そうだとしても、少なくとも俺の目には二人は好き合っているように見えた。俺がそうなんだから、エリオットだって少なからず期待してた筈だ。アイツのそういう想いを、少しでも良いから汲んでやってくれ」

「お兄様…」

「リリーシュは大切な妹だが、エリオットだって弟みたいに思ってるんだ」

彼の気持ちを思うと、カルスはやるせなくて仕方なかった。誰もが不成立になるだろうと思っていた婚約が、成立しようとしているのだから。

決して、リリーシュが悪い訳ではない。彼女が自身の感情を封じ込めるようになってしまったのは、両親や自分のせいでもあるのだからと、カルスは反省していた。

そうでなければ、ほぼ間違いなく二人は結婚していただろうと。

「こんな踏み込んだ話をして悪いとは思ってる」

「いいえ、お兄様の言う通りです。私にとってもエリオットは、大切な家族なのですから」

「ありがとうリリーシュ」

「ふふっ。お兄様が礼を言うなんてなんだか変な気持ちだわ」

「おいおい。俺はそこまで酷い男じゃないぞ」

「もちろん分かっておりますわ、お兄様」

仲睦まじい兄妹のやり取りを見ながら、ワトソンは胸の奥が熱くなる。こんな風景は、今までに見た事がないと思った。

変わり始めているのは、ルシフォールやリリーシュだけではなかったのだ。
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