ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
部屋のバルコニーから見上げた夜空は澄んでいて、一等星が幾つもきらきらと輝いているのが見える。ガウンを羽織ったリリーシュは、わざと空に向かってはぁと息を吐き出した。

(ルシフォール様、寒がってはいないかしら)

まさかこんなにも彼を愛しいと思う日が来るなんてと、リリーシュは不思議な気分だった。ルシフォールはエリオットとは違い、この部屋はおろか屋敷にすら足を踏み入れた事はない。語るほどの思い出もなければ、彼の事なら何でも知っていると胸を張る事も出来ない。

それでもリリーシュは、ルシフォールの事が好きなのだ。それは最早、理屈ではない。自身の心が、彼を好きだと震えるのだ。

ワトソンからウィンシス家の来訪を聞いた時、リリーシュは合わせる顔がないと思った。それをカルスに見抜かれ、あんな風に嗜められたのだ。

エリオットはカルスにとっても、大切な幼馴染だ。兄がエリオットを慮るのは当然であり、リリーシュは自身にその配慮が足りなかったと反省した。

(明日はちゃんと、彼と向き合わなくては)

例え嫌われようとも、エリオットは大好きな幼馴染だ。諦める事は出来ないと、リリーシュは再び星空を見上げたのだった。




「リリーシュ、無事に帰ってきたんだな」

翌日、ウィンシス家の面々は皆リリーシュに会えた事を喜んだ。エリオットとリリーシュの視線が絡むと、彼は小さく微笑む。それを見たリリーシュは、その優しさにやるせない気持ちになった。

大好きなエメラルドの瞳と、自身の瞳とお揃いだと喜んだヘーゼルアッシュの髪。どこから見てもハンサムな好青年であり、非の打ち所がない。

多少やつれた様な気はするが、それさえも彼を魅力的に見せるスパイスとなっていた。

「リリーシュ!会いたかった!」

エリオットの妹であるリザリアが、リリーシュに向かって飛びついてくる。昔から彼女は、自分と違って落ち着いているリリーシュに憧れていた。控えめなやさしい性格も、大好きだった。

いつかは兄の結婚相手となり、自身の義姉として一層仲良く出来ると踏んでいたリザリアは、内心では悔しくて堪らなかった。両親や兄からはそうではないと言われていたが、きっと第三王子から脅されているのだろうと思っていた。

「リザリア!少し見ないうちにまた綺麗になったわ」

「リリーシュは少し痩せたみたい。私心配だわ」

「大丈夫よ、ありがとう」

にこりと笑うリリーシュを見てリザリアは、無理をしていると胸が痛んだ。

「リリーシュ」

リザリアに続き、エリオットが彼女の名前を呼ぶ。以前の蕩けるような笑みは封じられ、人当たりの良い笑顔でリリーシュに微笑んだ。

「エリオット…」

「お帰り、リリーシュ」

「ありがとう」

こうして改めて顔を見ると、やはりエリオットの事が大好きだとリリーシュは思う。そしてすぐに、この場には居ないルシフォールを想った。

(あの方に哀しい思いはさせたくないわ)

リリーシュは自分がこれからどうすれば良いのか、必死に考えを巡らせていた。
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