ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
ーーそれからリリーシュは、自身がすべき行動を羊皮紙にまとめた。学校へ通う事は出来なかったが、本来の彼女は何かを学ぶ事が嫌いではなかったのだ。父親の書斎から引っ張り出してきたピカピカの本を何冊も机に積み上げ、少しずつ噛み砕いて理解していく。
それでも一人ではやはり限界があるもので、リリーシュの隣にはとても優秀な先生が立っていた。
「リリーシュも数をこなせば、有益な茶会とそうではないものの違いが分かるようになってくるわ」
それはエリオットの母、マリーナである。彼女は公爵家の出でありながらしっかりと寄宿学校を卒業し、男性にも負けずとも劣らない頭脳と度胸を持っていた。幼い頃から、彼女はリリーシュの憧れなのだ。
「学校へ通ってもいない私に、本当に出来るでしょうか」
「貴族令嬢の通う学校なんて、たかがしれてるわ。結局家庭教師から習う花嫁修行とあまり変わらないもの。それよりも大切な事は、自身の目よ。本にかじりついているよりも、少しでも多くの人と会話するの。その点では、私よりもラズラリーの方が長けているわ」
「お母様、ですか」
ふっと表情に影を落としたリリーシュの肩を、マリーナは優しくポンと叩く。
「見方を変えるのよ、リリーシュ。その人物の良い所を吸収し、悪い所は見習わない。つまりは反面教師にするという事ね。第三王子の妃になろうというなら、もっと狡賢く生きなきゃ」
「ふふっ、そうですね」
パチンとウィンクしてみせたマリーナに、リリーシュはおかしそうに笑う。その笑顔を見て、マリーナは内心ほうっと溜息を吐いた。
彼女は母親として、エリオットに対し罪悪感を感じていた。仕方のない事であるにせよ、自分が言い聞かせていた所為で息子はタイミングを逃してしまった。その結果、まさかあのルシフォールとリリーシュが結ばれる事になるなど、夢にも思っていなかったのだ。
普段は気丈に振る舞っているが、あの子の心はズタズタだろう。心情を考えるととても辛いが、だからといってリリーシュに腹が立つかといわれれば全くそんな事はない。
あのリリーシュがこんな風に周囲に抗おうとしている姿を見て、力を貸してやりたいと思わない筈はなかった。
マリーナにとっても、リリーシュは娘の様に大切な存在なのだから。
「ねぇ、リリーシュ」
マリーナは慈愛に満ちた瞳でリリーシュを見つめた。
「貴女はもっと、周りを頼るべきだわ。たった一人で出来る事は限られているから。例えどんな優秀な人物だって、孤独では生きていけない。頼ったり頼られたりして、人は成長していくものよ」
「…はい。そのお言葉胸に刻みます」
「もう、大袈裟ねリリーシュったら」
「ふふっ」
マリーナの言葉に、リリーシュの中にあった罪悪感が少しずつ溶けていく。息子を傷付けたリリーシュに対し、彼女もジャックもリザリアも、全く態度を変える事はない。その優しさがどれだけリリーシュを救っている事か、いつか必ず恩返しをしなければと、彼女は心に誓った。
こうして彼女はマリーナの教え通り、周囲を頼り少しずつ知恵と工夫を見出していった。
しかし今まで殆ど周囲と交流してこなかったリリーシュは、最初のうちは中々受け入れて貰えなかった。
そこで活躍したのが、母親であるラズラリーだ。派手で浪費家と噂されてはいたが、それでも彼女が今まで積み上げてきた人脈とその場は、今のリリーシュにとってとてもありがたいものだった。
彼女は初めて自身の母親を尊敬し、ラズラリーもまた娘から初めて向けられる敬意の視線に、思わず泣いてしまう程感激したのだった。
それでも一人ではやはり限界があるもので、リリーシュの隣にはとても優秀な先生が立っていた。
「リリーシュも数をこなせば、有益な茶会とそうではないものの違いが分かるようになってくるわ」
それはエリオットの母、マリーナである。彼女は公爵家の出でありながらしっかりと寄宿学校を卒業し、男性にも負けずとも劣らない頭脳と度胸を持っていた。幼い頃から、彼女はリリーシュの憧れなのだ。
「学校へ通ってもいない私に、本当に出来るでしょうか」
「貴族令嬢の通う学校なんて、たかがしれてるわ。結局家庭教師から習う花嫁修行とあまり変わらないもの。それよりも大切な事は、自身の目よ。本にかじりついているよりも、少しでも多くの人と会話するの。その点では、私よりもラズラリーの方が長けているわ」
「お母様、ですか」
ふっと表情に影を落としたリリーシュの肩を、マリーナは優しくポンと叩く。
「見方を変えるのよ、リリーシュ。その人物の良い所を吸収し、悪い所は見習わない。つまりは反面教師にするという事ね。第三王子の妃になろうというなら、もっと狡賢く生きなきゃ」
「ふふっ、そうですね」
パチンとウィンクしてみせたマリーナに、リリーシュはおかしそうに笑う。その笑顔を見て、マリーナは内心ほうっと溜息を吐いた。
彼女は母親として、エリオットに対し罪悪感を感じていた。仕方のない事であるにせよ、自分が言い聞かせていた所為で息子はタイミングを逃してしまった。その結果、まさかあのルシフォールとリリーシュが結ばれる事になるなど、夢にも思っていなかったのだ。
普段は気丈に振る舞っているが、あの子の心はズタズタだろう。心情を考えるととても辛いが、だからといってリリーシュに腹が立つかといわれれば全くそんな事はない。
あのリリーシュがこんな風に周囲に抗おうとしている姿を見て、力を貸してやりたいと思わない筈はなかった。
マリーナにとっても、リリーシュは娘の様に大切な存在なのだから。
「ねぇ、リリーシュ」
マリーナは慈愛に満ちた瞳でリリーシュを見つめた。
「貴女はもっと、周りを頼るべきだわ。たった一人で出来る事は限られているから。例えどんな優秀な人物だって、孤独では生きていけない。頼ったり頼られたりして、人は成長していくものよ」
「…はい。そのお言葉胸に刻みます」
「もう、大袈裟ねリリーシュったら」
「ふふっ」
マリーナの言葉に、リリーシュの中にあった罪悪感が少しずつ溶けていく。息子を傷付けたリリーシュに対し、彼女もジャックもリザリアも、全く態度を変える事はない。その優しさがどれだけリリーシュを救っている事か、いつか必ず恩返しをしなければと、彼女は心に誓った。
こうして彼女はマリーナの教え通り、周囲を頼り少しずつ知恵と工夫を見出していった。
しかし今まで殆ど周囲と交流してこなかったリリーシュは、最初のうちは中々受け入れて貰えなかった。
そこで活躍したのが、母親であるラズラリーだ。派手で浪費家と噂されてはいたが、それでも彼女が今まで積み上げてきた人脈とその場は、今のリリーシュにとってとてもありがたいものだった。
彼女は初めて自身の母親を尊敬し、ラズラリーもまた娘から初めて向けられる敬意の視線に、思わず泣いてしまう程感激したのだった。