ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「お時間頂きありがとうございます。ランツ侯爵夫人」
アンテヴェルディの豪奢な屋敷とはまた違う、落ち着いた上品な空間。彼女のこだわりが詰め込まれているのだろうと分かる部屋に、リリーシュは感心する。
ランツ侯爵夫人とは、そういう人物なのだろう。拘るものには、とことん拘りたいという。
「私の方こそ、お礼を言わなければと思っていたのよ。リリーシュさんには感謝しているの。貴女のお陰で毎日美味しいお菓子を食べられるんだから。彼ったら凄いのよ?ただ菓子を作るだけでなく、その日の気分や調子に合わせてくれるんだもの」
「ふふっ、光栄です」
ワインレッドのドレスに身を包んだランツ侯爵夫人は、以前とは比べものにならない程砕けた表情でリリーシュを見ている。彼女もまた、夫人に対し精いっぱいの敬意を態度で示してみせた。
以前、リリーシュが宮殿に上がる前に参加したアフターヌーンティーの主催者であった、ランツ侯爵夫人。あの時はモンテベルダ伯爵令嬢とグロスター伯爵令嬢に囲まれていたせいで、彼女とは殆ど話せなかった。という理由の他に、あの頃のリリーシュが貴族夫人達とのお喋りにさほど興味が持てなかったというのもあったのだが。
あのお茶会の際に振る舞われた紅茶に、リリーシュは感銘を受けた。ランツ侯爵夫人は快く入手先を教えてくれ、それ以降アンテヴェルディ家の紅茶はその茶葉となったのだ。リリーシュが唯一、宮殿に持ち込めば良かったと後悔した代物。
ここ一ヶ月程で、リリーシュはランツ侯爵夫人に交渉を持ちかけていた。といっても、そこまで大袈裟なものではない。彼女とコンタクトを取り、アンテヴェルディ家のパティシエが腕に寄りをかけて作ったクリームたっぷりのパイを彼女にプレゼントした。
あのアフタヌーンティーの場で唯一、残念だと思ったのがスイーツだったからだ。ランツ侯爵夫人はそのパイをいたく気に入り、少しずつリリーシュに気を許していった。その後もリリーシュは時間を掛けて、ランツ侯爵夫人との仲を深めていったのだ。
まぁ、第三王子の婚約者候補として一番の有力候補であるリリーシュと交流する事は有益であるという、ランツ侯爵夫人の打算も含まれてはいるのだろうが。
どちらにせよランツ侯爵夫人は、リリーシュの味方となってくれた。アンテヴェルディ家のパティシエを一人紹介する代わりに、隣国を拠点としている紅茶の行商人との仲介役をしてもらった。
アンテヴェルディ家が抱えている借金の事も、その所為でルシフォールとの結婚について良くない噂が流れている事も、リリーシュは彼女に打ち明けた。
この辺りはラズラリー直伝の、悲劇のヒロイン脚色も多少は交えたかもしれない。結果として、ランツ侯爵夫人は大いにリリーシュに同情してくれた訳だが。
ついでに、リリーシュの母親を嵌めたであろうモンテベルダとグロスターについても、彼女から色々と情報を得る事が出来た。
「それにしてもリリーシュさん。宮殿からお帰りになって随分変わったのね。もちろん、良い方向に」
ランツ侯爵夫人にそう言われて、リリーシュはとびきりの笑みを浮かべてみせる。
「ルシフォール様のおかげなのです」
今は側に居られなくても、リリーシュは愛しいルシフォールの姿をいつも心に抱いていた。
アンテヴェルディの豪奢な屋敷とはまた違う、落ち着いた上品な空間。彼女のこだわりが詰め込まれているのだろうと分かる部屋に、リリーシュは感心する。
ランツ侯爵夫人とは、そういう人物なのだろう。拘るものには、とことん拘りたいという。
「私の方こそ、お礼を言わなければと思っていたのよ。リリーシュさんには感謝しているの。貴女のお陰で毎日美味しいお菓子を食べられるんだから。彼ったら凄いのよ?ただ菓子を作るだけでなく、その日の気分や調子に合わせてくれるんだもの」
「ふふっ、光栄です」
ワインレッドのドレスに身を包んだランツ侯爵夫人は、以前とは比べものにならない程砕けた表情でリリーシュを見ている。彼女もまた、夫人に対し精いっぱいの敬意を態度で示してみせた。
以前、リリーシュが宮殿に上がる前に参加したアフターヌーンティーの主催者であった、ランツ侯爵夫人。あの時はモンテベルダ伯爵令嬢とグロスター伯爵令嬢に囲まれていたせいで、彼女とは殆ど話せなかった。という理由の他に、あの頃のリリーシュが貴族夫人達とのお喋りにさほど興味が持てなかったというのもあったのだが。
あのお茶会の際に振る舞われた紅茶に、リリーシュは感銘を受けた。ランツ侯爵夫人は快く入手先を教えてくれ、それ以降アンテヴェルディ家の紅茶はその茶葉となったのだ。リリーシュが唯一、宮殿に持ち込めば良かったと後悔した代物。
ここ一ヶ月程で、リリーシュはランツ侯爵夫人に交渉を持ちかけていた。といっても、そこまで大袈裟なものではない。彼女とコンタクトを取り、アンテヴェルディ家のパティシエが腕に寄りをかけて作ったクリームたっぷりのパイを彼女にプレゼントした。
あのアフタヌーンティーの場で唯一、残念だと思ったのがスイーツだったからだ。ランツ侯爵夫人はそのパイをいたく気に入り、少しずつリリーシュに気を許していった。その後もリリーシュは時間を掛けて、ランツ侯爵夫人との仲を深めていったのだ。
まぁ、第三王子の婚約者候補として一番の有力候補であるリリーシュと交流する事は有益であるという、ランツ侯爵夫人の打算も含まれてはいるのだろうが。
どちらにせよランツ侯爵夫人は、リリーシュの味方となってくれた。アンテヴェルディ家のパティシエを一人紹介する代わりに、隣国を拠点としている紅茶の行商人との仲介役をしてもらった。
アンテヴェルディ家が抱えている借金の事も、その所為でルシフォールとの結婚について良くない噂が流れている事も、リリーシュは彼女に打ち明けた。
この辺りはラズラリー直伝の、悲劇のヒロイン脚色も多少は交えたかもしれない。結果として、ランツ侯爵夫人は大いにリリーシュに同情してくれた訳だが。
ついでに、リリーシュの母親を嵌めたであろうモンテベルダとグロスターについても、彼女から色々と情報を得る事が出来た。
「それにしてもリリーシュさん。宮殿からお帰りになって随分変わったのね。もちろん、良い方向に」
ランツ侯爵夫人にそう言われて、リリーシュはとびきりの笑みを浮かべてみせる。
「ルシフォール様のおかげなのです」
今は側に居られなくても、リリーシュは愛しいルシフォールの姿をいつも心に抱いていた。