ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
何かと忙しい毎日を過ごしていたリリーシュだったが、そんな中でも彼女はルシフォールにせっせと手紙を書いていた。

それはもう途中から日記の様になり、その日一日あった出来事をつらつらと書いていたら、結構な量になってしまう。毎日は出せないので何日分か纏めると、毎回かなりの枚数になっていた。

彼女はいつも、手紙の最後に“これは自己満足であるから返事は不要”だという一文を付け加えている。そのせいか、ルシフォールからはあまり便りが来る事はなかった。

少し寂しいが彼には執務があるのだからと、あまり気にしない様に努めていた。

そんなリリーシュだったが、ある日ユリシスが彼女にとんでもないプレゼントを持ってやってきたのだ。

「リリーシュ、久し振り!」

「ユリシス様!わざわざご足労頂き本当にありがとうございます」

リリーシュは螺旋階段をぱたぱたと駆け降り、笑顔でユリシスに近付いた。本来ならば王弟の嫡男に足を運ばせるなど、幾ら公爵家とはいえ出来る事でない。しかしユリシスは、リリーシュの為とあらば喜んで何でも引き受けるのだ。

なんせ、あのルシフォールの相手が出来る貴重な女性なのだから、絶対に逃してはならない。と言いつつ、個人的にも彼はリリーシュを信用していた。

「今日僕が君の屋敷に行くと聞いて、ルシフォールなんて手がつけられないくらい暴れたんだよ」

「ええっ、そんなまさか」

「本当だってば。ねぇ、ルシフォール?」

ユリシスが愉快げにニヤニヤと後ろを振り返ると、頭からフードをすっぽりと被った人物に視線を向ける。

「…嘘吐きだな、お前は」

ぱさりとフードを手で落としたその顔を見て、リリーシュはポカンと口を開けた。

「ル、ルシフォール様…」

「ユリシスのいう事など信用するな、リリーシュ」

「何言ってるんだよ。拗ねて拗ねて手がつけられないから、こうしてお忍びで連れてきてあげたんじゃないか」

「ち、違うからな。俺は暴れても拗ねてもいないからな」

「……」

「リリーシュ?お前、俺の話をちゃんと聞いて…」

ルシフォールが言い終わらない内に、リリーシュはたたっと駆け出すと勢いをつけてルシフォールに飛びついた。咄嗟の事に驚くルシフォールだが、よろけつつも両手でしっかりと愛しい恋人を受け止めたのだった。

「お会いできて嬉しいです!ルシフォール様…っ!」

自分の首元に両手を回してぎゅうっと抱き着くリリーシュに、ルシフォールは戸惑いながらもその腰に手を回す。

「…俺も、会いたかった」

まさかここまで喜ばれるとは思わず、ルシフォールは情けなくも泣いてしまいそうになった。半ばユリシスを脅すかたちで着いてきて、本当に良かったとも。

「おやまぁ。尊いそのお耳が赤うございますよルシフォール殿下?」

「煩い黙れ」

「そんな緩みきった顔で凄まれたって、ぜーんぜん怖くないよ」

「…お前、後で覚えていろよ」

「はいはい、感謝のプレゼントが貰えるのを待ってるからね」

男二人の馬鹿げたやり取りは、感極まっているリリーシュの耳には全く入らなかった。
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