ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
ユリシスが来る事は予め伝えてあったのだが、リリーシュの隣に立っているルシフォールを見て父であるワトソンは目をひん剥いた。

「ル、ル、ルシフォール殿下ではないですか!」

「突然申し訳ない」

「と、とんでもございません!殿下に謝罪していただくなど…っ」

あたふたと取り乱すワトソンに対し、ルシフォールは至って冷静だった。

「今日はユリシスに無理を言って無断で城を出ている。出来れば内密にして頂きたいのだが」

「それはもう、仰る通りに!」

「そんなに畏まる必要はない。その内、貴方は私の義父となるのだから」

「なんと!」

「婚約を申し出た立場であるにもかかわらず、挨拶が遅れた事も謝罪する。申し訳なかった」

「そ、そ、そんなそんな!私どもの方こそ……っ!」

ルシフォールが喋れば喋るほど、ワトソンの身体は縮こまっていく。これには流石のルシフォールも、参ってしまっているようだ。

「まぁまぁ。こんな所で立ち話もなんですし」

「ユリシス様!」

「お初にお目にかかります、アンテヴェルディ公爵」

ユリシスはにこりと人当たりの良い笑みを浮かべ、ワトソンも肩の力が抜けたように微笑む。自身の時とは全く違うワトソンの態度に、ルシフォールは内心焦った。

これではユリシスの方が気に入られてしまう、と。




「リリーシュが言っていた悪徳商人だけど、候補が三人居たんだ。まぁ、少し取引を持ち掛ければ簡単に白状したけどね」

応接間でユリシスからの分厚い報告書を受け取り、リリーシュは何度も何度も感謝の言葉を口にした。

「私共の方も、ランツ侯爵夫人から紹介して頂いた紅茶の行商人の方と、商談がまとまりそうです。彼は顔が広く、紅茶の他にもアンテヴェルディ領で採掘されるあまり質の良くない鉱石を、腕の良い細工職人に卸してくれるそうです」

「それは良かった。アンクウェル殿下が、商取引を管理している宰相にも話を通してくれたみたいだから」

「何から何まで本当にありがとうございます、ユリシス様」

「アンテヴェルディ卿。リリーシュさんは才覚のある素晴らしい女性ですね」

「まさか娘にこんな才能があるとは、私も驚きました。今まで、こういった事に関わらせようとは思わなかったもので。私も見習わなければなりませんな」

「ご長男も最近ではより一層勉学に励んでいるようで、何よりです」

ワトソン、ユリシス、リリーシュは和気藹々と話を進めている。その少し後ろで、ルシフォールは立ったまま腕を組み難しい顔をしていた。

表面上では不機嫌そうにしか見えないが、内心はらはらと気が気ではなかった。

ーー俺より先に、ユリシスが気に入られてしまう

彼は先程と全く同じ事を気にしていた。
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