ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
会えなかった間の近況報告をお互いにし合う。精力的に活動する自分に誰もが驚いているとリリーシュが言うと、ルシフォールは喉を鳴らして笑った。

「初めの内は中々上手くいかない事も多かったのですけれど、近頃やっと人との付き合い方を覚えてきました」

「そうか。頑張っているんだな、リリーシュは」

「はいっ、それはもう!」

その答えにも、ルシフォールは笑ってしまう。何でも「そうですか」と受け流していた昔のリリーシュからは考えられない姿だと、彼は思った。

「だって、私…」

「ん?」

「私、私……」

急にもじもじと恥ずかしそうにするリリーシュに、ルシフォールは首を傾げる。

「早く、ルシフォール様との生活に戻りたいですから…」

ぽぽっと頬を赤らめ上目遣いでそんな事を口にするものだから、ルシフォールはあまりの可愛さにくらりと目眩を起こしそうになった。

「俺もお前が宮殿を出てから、食事が美味いと感じられなくなった」

「ルシフォール様」

「居ないと分かっているのに、お前の部屋へ続く扉が気になって仕方ないんだ」

ルシフォールはそう言って、隣に座るリリーシュの小さな手をそっと握る。

「早くリリーシュとまた共に暮らしたい」

「私も同じ気持ちです、ルシフォール様」

遠慮がちに指先を絡ませ合い、お互いが顔を赤らめながらただ見つめ合った。外気温と二人の温度差に、周囲から湯気が立ち込めてしまいそうな程だ。

歳の割には何とも初々しい光景である。

「あっ、そういえばユリシス様からの便りにルシフォール様の事が書いてありました」

恥ずかしさを誤魔化すように、リリーシュはパタパタと手で顔を仰ぐ。その所為で触れ合っていた手が離れてしまった事を、ルシフォールは内心寂しく思った。

「今まであれだけ避けていた社交の場に、自ら顔を出す様になったと」

「あ、あぁ。リリーシュにばかり負担をかけられないだろう。俺は俺に出来る事をやりたいんだ」

「…嬉しいです、とても」

リリーシュは嬉しそうに微笑んだ後、ふっと表情に影を落とした。

「リリーシュ?」

ルシフォールがリリーシュの顔を覗き込むと、彼女は少しだけ拗ねた様に唇を尖らせる。

「お手紙、鬱陶しかったでしょうか」

「手紙?まさか、鬱陶しい訳ないだろう。何故そんな事を言うんだ」

「あまりお返事を頂けなかったから…」

仕方のない事だと自身を納得させていた筈だったが、本人を前にするとついぽろりと本音が漏れてしまった。ルシフォールは気まずそうに、ふいっと視線を逸らした。その耳は、しっかりと赤い。

「それは、その…自信がなくて」

「自信?」

「返事を書いているとお前を思い出して、何度会いに行こうとしたか数えられないくらいで…」

「……」

「寂しい思いをさせてすまなかった」

「ふふっ。いいえ」

リリーシュは蕩けるような笑みを浮かべると、こてんと頭を彼の肩に乗せる。

ルシフォールは、愛しい彼女の温もりが傍にある事が嬉しくて、ゆっくりと瞳を閉じてこの幸せを噛み締めた。
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