ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
最終章「愛しいあなたと、永遠に共に」
ーー

ルシフォールの執務室にて、彼はペンを持ちいつもの様に眉間に皺を作っている。執務机の前には事務官が一人立っており、ひょろりとした体をこれでもかと縮こませて怯えていた。

「も、申し訳ございませんルシフォール殿下」

この事務官が失態を犯すのは今回が初めてではない。彼は有能ではあるのだが、こと緊張に弱いタチなのだ。ルシフォールが関わる仕事であると、途端に胃がキリキリと痛みつまらないミスをしてしまう。

その度に彼はルシフォールから氷の様な瞳を向けられ、ねちねちと嫌味を言われていた。普段が有能であるが故に辞めさせる事は出来なかったが、かつてのルシフォールは彼を無能だと見下していたのだ。

「いや、良い。取り返しのつく些細な事だ」

全く優しくない表情で彼の口から発せられる言葉があまりにも予想外で、その事務官は目を白黒させた。

やはりあの噂は本当だったのか、と。

「お前は仕事が丁寧だと大臣達からも評判が高い。これからも尽力してほしい」

「は、は、はい!それはもちろんでございます!」

「そうか」

勢い良く返事をする事務官を見て、ルシフォールが微かに頬を緩める。彼の柔らかな表情など初めて目にした男は、何故か胸の奥が熱くたぎるのを感じた。

普段手厳しい人物に褒められる事はこんなにも嬉しいものなのかと、内心自分でも驚いていた。

「話は以上だ、下がれ」

「次回からは必ず失態のない様、努めます!」

「あぁ、頼む」

ガバッと頭を垂れた事務官はドキドキと高鳴る鼓動を抑えつつ、ルシフォールの執務室を後にする。

そしてすぐに、仲間達に今しがた起こった出来事を話して聞かせたのだった。




「ルシフォール、君の人気が今鰻登りらしいじゃないか。従兄弟として嬉しいよ僕は」

入れ替わる様に入ってきたのは、ユリシスだ。未だにペンを持ち難しい顔をしているルシフォールの肩に、彼はポンと手を乗せた。

「これでもう少し、柔らかい顔ができたらもっと良いんだけど」

「余計な世話だ」

「しかし、君がここまで変わるとはねぇ。僕も予想外だったよ」

「それは俺もだ」

「よっぽどリリーシュの事が好きなんだね」

「当たり前だ」

「わぁ」

以前は天邪鬼の化身だった癖に、今では指先をそわそわと動かす事もなく、さも当然の様に言ってのけるルシフォールに、流石のユリシスも目を丸くした。

「リリーシュが悪く言われない為なら、俺は何だってする」

「前に彼女も同じ事言ってた」

「…」

「ちょっと、僕の前で顔を赤くしたって意味がないよ」

「…煩い」

ルシフォールはぷいとユリシスから視線を逸らすと、再び羊皮紙に視線を落とした。

「俺は今忙しいんだ」

「そんな事言って、リリーシュに手紙書いてるだけの癖に」

「……」

「やれやれ、聞いていないみたいだ」

肩をすくめるユリシスなど最早目に入らないルシフォールは、どんな文面にすれば彼女が喜ぶのだろうかと、ただその一点にのみ集中していた。
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