ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「すまないリリーシュ、お前に迷惑を掛けるつもりはなかったんだ」

いつもキリッと整ったシャツが、心なしかくたくたに見える。自慢の口髭も、今日は艶がない。

未だにメソメソと泣いているラズラリーの肩を抱きながら、ワトソンはすまさそうにリリーシュを見つめた。

「私はモンテベルダ伯爵家との婚約をお受けします。そうすれば、今抱えている借金を幾らか肩代わりしていただけると、そういう約束なのですよね?」

「確かにそうだが、お前があまりにも不憫で…」

リリーシュは、項垂れるワトソンの手を取ると、アイスブルーの瞳を真っ直ぐ父親に向けた。

「お父様、私は何も不幸になりにいく訳ではないのです。今アンテヴェルディ家に借金があると分かってなお私と婚約をと仰ってくださる程なのですから、モンテベルダ家のご長男はきっと私を大切にしてくださいます」

「しかしお前はいずれ、ウィンシス家のエリオットと結婚するつもりではなかったのかい?」

「まさか。ウィンシス家に嫁ぐだなんてそんな分不相応なこと、考えたこともありません。私のことは、本当にお気になさらないで。今はお母様の傷付いた心を癒すことが、一番大切です」

「リリーシュ…」

ワトソンまでが、薄らと瞳に涙を溜める。幾らうちが自業自得の面もあるとはいえ、相手を騙して事を有利に進めようなんて、意地が悪過ぎはしないか。

世の中そんなものだと言われればそれまでだが、自分のデザインを認めてもらえたと少女のようにはしゃいでいたラズラリーの顔を思い出し、リリーシュはグッと拳を握り締めた。

「お父様。このことはくれぐれも、お兄様とウィンシス家には伝えないでください。少なくとも、今は」

「リリーシュは、本当にそれで…」

「学も何もない私が家の為に少しでも力になれるのならば、寧ろ喜ばしいことです。我が家の問題に、もうこれ以上ウィンシス家を頼ることはやめましょう。モンテベルダ伯爵家が借金の全てを肩代わりしてくれるという訳ではないのでしょうから、お父様はどの道ご苦労なされるでしょうが」

「あぁ、お前は何て良い子なんだ」

家族想いのワトソンに、この結婚を望んでいないという態度を見せてはいけない。どんなに無知で愚かでも、リリーシュは家族が大好きなのだ。

それに、政略的な結婚など珍しくも何ともない。ただ、両親を騙したという所だけは納得いかないが。確たる証拠はなにもないし、一家もろとも路頭に迷ってしまうよりずっとずっと良い道だ。

しかし、父親にはああ言ったがリリーシュはこの結婚に幸せはないだろうと思っていた。爵位は我が家が上であると言っても、リリーシュは金で買われたようなもの。それに義妹がアンナなのだから、良い扱いを受けないだろうことは簡単に想像がついた。

(それでも関係ないわ。私はただ、私として生活していくだけ。どこでだって、きっと幸せは見つけられる)

そう決意したリリーシュの元へとんでもない知らせが届いたのは、その翌日だった。

それは、王家の紋章入りの手紙。色々と小難しい表現が使われていたが、内容を簡単に要約すると、こうなった。

ーーエヴァンテル王国の第三王子は、リリーシュ・アンテヴェルディとの結婚を望む

と。
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