ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「ごめんなさい、リリーシュ」

「すまない、リリーシュ」

いい加減に聞き飽きてしまったなと、リリーシュは思った。王家直々の手紙が我が家に届いたのだか、話が随分と急なことだった。

リリーシュに掛かるものは全てこちらで用意するから、必要最低限の荷物を纏めて明日すぐにでも王城に来るようにと。これには、流石のリリーシュも暫くの間放心していた。

ここ数週間の間で、事態がコロコロと動き過ぎている気がする。まるで、エリオットの居ない内に全てを済ませてしまおうとしているかのように。

それにしても、モンテベルダ伯爵家といい第三王子といい、どうして借金を抱えた公爵家の娘と結婚したがるのか。モンテベルダ家の思惑については、おおよそリリーシュの仮説であっているだろう。では、王家については?

その答えをリリーシュにくれたのは、ラズラリーだった。彼女は国の情勢などについてはてんで疎いのだが、ゴシップについてはリリーシュも驚く程詳しかった。

「第三王子は、男色家で有名なの」

「男色家ですか?」

「女嫌いで有名で、彼の周りの従者は皆男ばかり。これまでに何人ものご令嬢が彼の婚約者に選ばれたのだけれど、どの子もすぐに王子の逆鱗に触れて王城を叩き出されてしまったんですって。気性が荒くて乱暴で、女だろうが構わず暴力を振るう最低な男性だそうよ。幾ら王子といえど、もう誰も彼の元へ嫁ぎたいと思うご令嬢は居ないんじゃないかしら」

ラズラリーは急に饒舌になり、第三王子の人となりをリリーシュに教えてくれた。どうやらろくでもない人物らしく、加えて男色家でまともな結婚は諦めてしまったのだろう。

なるほど、それならば自分に白羽の矢が立ったのも頷けると、リリーシュは思った。

第三王子の名前は、ルシフォール・ダ・サラマンダー・エヴァンテル。王位継承権は第一王子であるウォルバート殿下にあり、第二王子も第三王子もそれに異論を唱えては居ないようだ。

しかし、どんなに最低最悪な人物であろうとも王子は王子。王家に嫁ぐことは、平凡な生活を望むリリーシュには荷が重過ぎる。

(断ることなんてできないのは分かっているけれど、とても気が重いわ)

こんなことになるならば、モンテベルダ伯爵家に嫁いだ方が何倍もマシだったと彼女は思った。

嫌がってもどうしようもないけれど、本当に嫌だ。この際人となりについては置いておくとしても、嫁ぎ先が王家というのが憂鬱で堪らない。

悶々としながら準備を進めるリリーシュだったが、ふとあることに気が付いた。

我がエヴァンテル王国の現王妃が、ウィンシス公爵の姉であったということに。つまりは、エリオットの叔母に当たる人物なのだ。

王妃様についてリリーシュはあまり良くしらないが、あのウィンシス家の血を受け継いでいる女性。さぞや人格者に違いないだろう。

そんな女性が母親だというのに、果たして第三王子がそこまでろくでなしに育つものだろうか。王宮に居る乳母だって、きっと優秀な人物であろうに。

リリーシュは一旦深呼吸をすると、ドレッサーの引き出しを開けた。そしてそこからネックレスを取り出し、身に付ける。これは、エリオットが彼女の誕生日に贈ってくれたもの。澄んだエメラルドグリーンの宝石があしらわれているが、決して派手ではない。

エリオットの瞳と同じ色が使われているこのネックレスが、リリーシュはとても気に入っていた。

(そうよ。結局は、なるようにしかならないのよ)

侍女のルルエがやってきて、迎えの馬車が到着したことをリリーシュに伝える。彼女はネックレスを指でひと撫ですると、にっこりと微笑んだ。
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