ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
食堂がシンと鎮まり返った。そういえば、とリリーシュは今更ながら思う。今この空間にいるのは、彼女以外全員男性だったのだ。

(やっぱりあの噂、本当なのかしら)

第三王子は男色家。だから誰が来ようとも、決して婚約者として認めることはない。

しかし、それは別に構わないのではないかとリリーシュは思う。この国では、同性愛について罰する法律は特に定められていない。確かに王族が大々的に男色家であると噂が立つことはよろしくないかもしれないが、誰を好きになるかは彼の自由だ。

体面を保つ為の結婚相手だとしても、お互いが納得しているのならば別に問題ない。リリーシュは、実家の金銭問題を何とかして貰えるのならば愛がなくとも仕方ないと諦めていた。

(ただ一つ、痛いことだけは嫌なのよね)

もしも殴られたら、その時はどうしよう。やはり、体を鍛えて暴力に耐えうる体作りに励むより他はないのだろうか。

「おい」

目の前の殿下を見ていなかったリリーシュは、慌てて「はい」と返事をした。考え事をすると周りが見えなくなってしまうのは、彼女の悪い癖だ。

「私はもう行く。お前がここで食事を摂れ」

「殿下はもうよろしいのですか?」

「お前と食卓を囲む気はない。残りは私が自室で摂る」

「そんな。殿下にそのようなことをさせる訳にはいきません。寂しいなどと、子供のようなことを申してしまい申し訳ございませんでした。いつも通り、私が部屋で食事を致します」

「一人での食事に不満があるんだろう?不当な扱いを受けたと、あちこちで言いふらされては堪らないからな」

「ですがここで頂いたとしても、一人であることに変わりはありませんし」

「人数は居るだろう」

(そういうことではないのだけれど)

リリーシュは口に出さず、ジッとルシフォール殿下を見つめる。

「お前、私を睨んでいるのか」

「見ていただけです」

「態度のでかい女だな」

「それは申し訳ありません」

「お前と話していると疲れる」

それはこちらも同じだと、リリーシュは内心しかめ面をした。素直に褒めれば方便だとか、ただ目線を合わせれば睨んでいるだとか、何かにつけて因縁をつけてくるその様子は、まるで我が儘な子供のようだった。

「殿下は、私と夕食を召し上がっては下さらないのでしょうか」

「そうだ、嫌だ」

「畏まりました。では私はやはり、部屋で食事を摂らせていただきます」

「強情だな、可愛げの欠片もない」

「私はただ、殿下と一緒に食事をしたいのです。王宮のお料理はどれも本当に美味しいので、一人でただ黙々と食べるだけではあまりに勿体なく感じられてしまって」

淡々とそう口にするリリーシュに、ルシフォールはピクリと片眉を上げた。先程から、どうもこちらの嫌味が効いている気がしない。

心臓に毛が生えているのか、ただの馬鹿か。どちらにせよ、自分はこの女と結婚する気などない。というより、ルシフォールはこの先両親が誰を連れてこようとも、首を縦に振る気はなかった。

この世で一番信頼ならないのが女だと、彼は本気でそう思っていたのだ。
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