ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
ーー
リリーシュが、王宮の客室で昔のエリオットを思い出している頃、アンテヴェルディ公爵家は実に騒がしかった。ウィンシス公爵夫妻が、硬い面持ちで訪ねてきたからだ。
「ジャック、こんな日にわざわざどうしたんだ」
外はしんしんと雪が降り積り、馬車を動かすのも一苦労。しかしそんなことは全く意に返さない様子で、ウィンシス公爵は思いきり白い息を吐き出した。
「どうしたもこうしたもないだろう。何故、こんなことになっているんだ」
「落ち着けジャック。取り敢えずコートを脱いで、暖炉の側へ。腰を落ち着けてゆっくり話をしよう」
ワトソンの言葉に、ウィンシス公爵はコートを使用人に預ける。ウィンシス公爵夫人であるマリーナも、夫に倣ってコートを脱いだ。
温かな部屋と、淹れたてのホットワイン。火にくべられた薪がパチパチと爆ぜる音が、シンと鎮まり返った部屋にやけに響いていた。
ワトソンから一通りの説明を受けたウィンシス夫妻の表情は、やはり硬いまま。言いたいことは山ほどあったが、ジャックはそれをごくりと呑み込んで出来うる限りの冷静な口調を保った。
「アクセサリーを他国に卸す前に、どうして一言相談してくれなかったんだワトソン」
「それは…まぁ、色々事情があったんだ」
何故と聞かれれば、只のラズラリーの意地だ。自分もやる時はやるものだと、娘が憧れているマリーナに見せつけてやりたかっただけだ。
「今更責めても仕方のないことは、この際置いておこう。しかしジャック、お前はこのままでいいのか?放っておけば、リリーシュは不幸な結婚に身を投じることになるぞ」
「だけど、今までどんなご令嬢も第三王子は認めなかったと聞いたわ。きっとリリーシュも、その内帰ってくる筈よ」
目に涙を溜めて言うラズラリーに、マリーナは思わずムッとした。彼女はリリーシュのことを、自分の娘のように大切に思っていた。
元はといえばラズラリーが起こした事であるのに、まるで他人事のような言い方をする彼女を、マリーナは内心腹立たしく感じていた。今自分がラズラリーを責め立てた所で事態が好転しないことはわかっていたので、奥歯を噛み締めてグッと堪えた。
「…いや、きっとリリーシュは気に入られるだろう。第三王子についてはあまり詳しく知らないが、王妃はあの子のことを昔から気にかけていたからな」
「王妃が?何故リリーシュを」
「姉は、気丈な娘が好きなんだ」
「リリーシュが気丈?あの子は優しい子だけれど、いつもぼんやりしていてうわの空で、気の弱い子よ」
「気が弱い?いいえ、リリーシュはとても強く聡明な子だわ」
ラズラリーの言葉に、マリーナが初めて反論する。はっきりとしたその口調に、ラズラリーは一瞬怯んだ。
「ジャック。ダメ元で聞いてみるが、君から王妃に何か言ってもらうことは」
「無理だ。僕が口を挟めば、姉は益々意固地になるだろう。あの人は、とてもプライドの高い変人なんだ」
もし陰でこんな風に言っているのが知られたらと思うと、それだけでジャックの背筋がぶるりと震える。彼は昔から、姉に勝てたことなど一度もないのだ。
「リリーシュは、何と言っていたの?」
「あの子は、決してウィンシス家には頼るなと。こちらから、このことを話すのもダメだと言っていた。我が家の借金が返せるのだから、有難い話ではないかとも」
「…あの子らしいわね」
呟くマリーナに、今度はラズラリーがムッとした。リリーシュの母親は自分だ。それなのに何故貴女がそんな顔をするのと、心の中で文句を垂れた。
リリーシュが、王宮の客室で昔のエリオットを思い出している頃、アンテヴェルディ公爵家は実に騒がしかった。ウィンシス公爵夫妻が、硬い面持ちで訪ねてきたからだ。
「ジャック、こんな日にわざわざどうしたんだ」
外はしんしんと雪が降り積り、馬車を動かすのも一苦労。しかしそんなことは全く意に返さない様子で、ウィンシス公爵は思いきり白い息を吐き出した。
「どうしたもこうしたもないだろう。何故、こんなことになっているんだ」
「落ち着けジャック。取り敢えずコートを脱いで、暖炉の側へ。腰を落ち着けてゆっくり話をしよう」
ワトソンの言葉に、ウィンシス公爵はコートを使用人に預ける。ウィンシス公爵夫人であるマリーナも、夫に倣ってコートを脱いだ。
温かな部屋と、淹れたてのホットワイン。火にくべられた薪がパチパチと爆ぜる音が、シンと鎮まり返った部屋にやけに響いていた。
ワトソンから一通りの説明を受けたウィンシス夫妻の表情は、やはり硬いまま。言いたいことは山ほどあったが、ジャックはそれをごくりと呑み込んで出来うる限りの冷静な口調を保った。
「アクセサリーを他国に卸す前に、どうして一言相談してくれなかったんだワトソン」
「それは…まぁ、色々事情があったんだ」
何故と聞かれれば、只のラズラリーの意地だ。自分もやる時はやるものだと、娘が憧れているマリーナに見せつけてやりたかっただけだ。
「今更責めても仕方のないことは、この際置いておこう。しかしジャック、お前はこのままでいいのか?放っておけば、リリーシュは不幸な結婚に身を投じることになるぞ」
「だけど、今までどんなご令嬢も第三王子は認めなかったと聞いたわ。きっとリリーシュも、その内帰ってくる筈よ」
目に涙を溜めて言うラズラリーに、マリーナは思わずムッとした。彼女はリリーシュのことを、自分の娘のように大切に思っていた。
元はといえばラズラリーが起こした事であるのに、まるで他人事のような言い方をする彼女を、マリーナは内心腹立たしく感じていた。今自分がラズラリーを責め立てた所で事態が好転しないことはわかっていたので、奥歯を噛み締めてグッと堪えた。
「…いや、きっとリリーシュは気に入られるだろう。第三王子についてはあまり詳しく知らないが、王妃はあの子のことを昔から気にかけていたからな」
「王妃が?何故リリーシュを」
「姉は、気丈な娘が好きなんだ」
「リリーシュが気丈?あの子は優しい子だけれど、いつもぼんやりしていてうわの空で、気の弱い子よ」
「気が弱い?いいえ、リリーシュはとても強く聡明な子だわ」
ラズラリーの言葉に、マリーナが初めて反論する。はっきりとしたその口調に、ラズラリーは一瞬怯んだ。
「ジャック。ダメ元で聞いてみるが、君から王妃に何か言ってもらうことは」
「無理だ。僕が口を挟めば、姉は益々意固地になるだろう。あの人は、とてもプライドの高い変人なんだ」
もし陰でこんな風に言っているのが知られたらと思うと、それだけでジャックの背筋がぶるりと震える。彼は昔から、姉に勝てたことなど一度もないのだ。
「リリーシュは、何と言っていたの?」
「あの子は、決してウィンシス家には頼るなと。こちらから、このことを話すのもダメだと言っていた。我が家の借金が返せるのだから、有難い話ではないかとも」
「…あの子らしいわね」
呟くマリーナに、今度はラズラリーがムッとした。リリーシュの母親は自分だ。それなのに何故貴女がそんな顔をするのと、心の中で文句を垂れた。