ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
第四章「望まぬ婚約者、不愉快な存在」
ーー

リリーシュに、やっと部屋から出る許可が下りた。一度執事のフランクベルトにお願いはしていたのだが、彼にもあまり無理は言えなかった。部屋での生活にも流石に飽きていたリリーシュは、笑顔でフランクべルトの手を取り何度も感謝を伝えた。

それでも、制限はある。特にルシフォール殿下の生活圏となっている塔には立ち入らないようにと、念を押された。仮にも結婚相手として自分を招いたのはそちらなのにとリリーシュは少しムッとしたが、今そんなことはどうでも良い。

小さな頃、エリオットの母であるマリーナから王宮の庭園は素晴らしいと聞いたことがあり、いつか見てみたいとずっと夢見ていたのだ。

ウィンシス公爵家の屋敷にある、マリーナ自慢の素敵な庭園。あの庭園を造らせた彼女が言うのだから、さぞ美しいのだろうとリリーシュの心は踊る。

残念ながら今は花が咲き乱れる季節ではないが、それでも十分だ。真っ白でふかふかとした雪の感触だって、今日久々に味わえるのだから。

「あの、リリーシュ様」

うきうきとした様子を隠せない彼女を見て、フランクベルトが問いかけた。

「失礼ながら申し上げますが、貴女様はご気分を害されたりはしないのですか?」

「気分を害する?それはどうしてですか?」

「それはその…かつてここにいらっしゃいましたご令嬢はどの方も皆、必ずお怒りになられましたから。これではまるで、軟禁と同じだと」

「そうなのですね。確かに、ずっと部屋に籠らなければならないというのは辛いものだと、私はここに来て初めて学びました。ですが今ここでその怒りを貴方にぶつけた所で、あまり意味はないような気がしますし」

リリーシュは、真面目な顔をしてそう言った。方便でも何でもなく、彼女なりにしっかりと考えて出した答え。質問されたのだから、適当に返事をしては失礼だと。

「それに、たった今こうして城内を歩いてもよいと許可を頂けたのだし、私はそれで十分です。フランクベルト、私を気にかけてくださってどうもありがとう」

リリーシュから御礼を言われたフランクベルトは、ぱちぱちと目を瞬かせた。それを見て、後ろに控えていたルルエが小さく笑う。

「驚かれるかもしれませんが、お嬢様はこういうお方なのです」

全くもって、公爵令嬢らしくない。この貴族社会で、それがどれ程の意味を持つものなのかを、リリーシュ自身は良く分かっていない。というよりも彼女は、特段意識している訳ではないのだ。

「私は、リリーシュ様にお仕えできて幸せだと思っています」

「まぁルルエったら、いきなり何を言い出すの」

何の脈絡もなく褒められて、今度はリリーシュが目を瞬かせる。そんな彼女を見て、自然とフランクベルトの顔にも笑みが浮かんだのだった。
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