ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「今日は一段と寒いですね」
ルルエが、手袋に覆われた両手を擦り合わせながらそう口にした。
「このところは私達、ずっと部屋に篭りきりだったものね。この冷たさが何だか新鮮に感じられるわ」
「お嬢様、とても嬉しそうです。最近ずっとお顔が暗かったから、心配していたんですよ」
「ありがとう。フランクベルトのお陰で久し振りに外に出る事が出来て、うきうきしているの」
自分ではそんなつもりはなかったが、ルルエにはそう見えていたらしい。やはり、幾ら部屋や食事が豪華でも、一つの場所に籠ってばかりでは気が滅入ってしまうらしい。
フランクベルトから用意して貰った上質な毛皮のコートや暖かいブーツを身に付け、リリーシュは庭園を目指す。ルルエは既に場所を聞いていたらしく、得意げな顔で彼女を案内してくれた。
到着した庭園は、ぐるりと見渡しただけでは足りない程の広さだった。一面真っ白な雪景色で、枯れ木に絵の具を撒いたようで素敵だとリリーシュは思った。
至る所に彫刻がセンス良く配置され、今は雪で覆われた刺繍花壇も、春が来ればきっと色とりどりの美しい花が咲き乱れる事だろう。
ずっと向こう側に見える池にも時間が許せば行ってみたいし、この立派な生垣のニッチがどこまで続いているのかも、興味がある。
「お嬢様、頬が赤いですよ」
「寒いせいよ」
「随分はしゃいでいらっしゃるみたいだから、そのせいではありませんか?」
「もう、ルルエったら」
二人は、顔を見合わせて笑い合う。リリーシュの笑った顔は、まだあどけなさの残る十六歳の少女。男色家の婚約者が居るようには、とても見えなかった。
「おや、アンテヴェルディ嬢ではないですか。こんな所でお会いできるなんて、今日は運が良い」
リリーシュとルルエが庭園の散歩を楽しんでいると、後ろから声を掛けられた。振り返ると、見覚えのある顔。この男性は確か、初めてルシフォール殿下とお会いした食堂に居た気がすると、リリーシュは思った。
「何時ぞやは、ルシフォール殿下が貴女に大変失礼な態度を取ってしまって申し訳ありませんでした。彼に代わり、僕が謝罪します」
「いえ、私はそんな」
「自己紹介すら出来ませんでしたね。僕は王弟の息子で、ユリシス・ダ・ゲオルグ・ランドワーズと申します。簡単に言えば、ルシフォールの従兄弟に当たります」
リリーシュに向かって恭しく挨拶をして見せたのは、ルシフォール殿下の従兄弟と名乗る男性。王弟の御令息ともあれば、かなり位の高い身分である。
慌ててカテーシーをして見せるリリーシュに、ユリシスはからからと笑った。
スラリとしているように見えるが、コートの上からでも鍛えられた逞しい身体であることが分かる。リリーシュよりもずっと背が高く、瞳の色はルシフォール殿下と同じアイスブルーだが、髪の色は殿下よりも少し燻んだブロンドをしている。
歳は、今年二十二歳になるルシフォール殿下よりも少しばかり上に見えた。
キリッとした美丈夫という印象で、きっと武芸事が達者なのだろうとリリーシュは思った。
「僕には気を遣わないでください。どうか、ユリシスと呼んで貰えれば」
「本当に宜しいのでしょうか」
「可愛らしいご令嬢に名前を呼んで頂けるなんて、こんな嬉しいことはありませんよ」
そう言ってにっこりと笑うユリシスを見て、リリーシュも緊張の糸が解ける。同じように笑ってみせれば、彼は更に嬉しそうに顔を綻ばせた。
ルルエが、手袋に覆われた両手を擦り合わせながらそう口にした。
「このところは私達、ずっと部屋に篭りきりだったものね。この冷たさが何だか新鮮に感じられるわ」
「お嬢様、とても嬉しそうです。最近ずっとお顔が暗かったから、心配していたんですよ」
「ありがとう。フランクベルトのお陰で久し振りに外に出る事が出来て、うきうきしているの」
自分ではそんなつもりはなかったが、ルルエにはそう見えていたらしい。やはり、幾ら部屋や食事が豪華でも、一つの場所に籠ってばかりでは気が滅入ってしまうらしい。
フランクベルトから用意して貰った上質な毛皮のコートや暖かいブーツを身に付け、リリーシュは庭園を目指す。ルルエは既に場所を聞いていたらしく、得意げな顔で彼女を案内してくれた。
到着した庭園は、ぐるりと見渡しただけでは足りない程の広さだった。一面真っ白な雪景色で、枯れ木に絵の具を撒いたようで素敵だとリリーシュは思った。
至る所に彫刻がセンス良く配置され、今は雪で覆われた刺繍花壇も、春が来ればきっと色とりどりの美しい花が咲き乱れる事だろう。
ずっと向こう側に見える池にも時間が許せば行ってみたいし、この立派な生垣のニッチがどこまで続いているのかも、興味がある。
「お嬢様、頬が赤いですよ」
「寒いせいよ」
「随分はしゃいでいらっしゃるみたいだから、そのせいではありませんか?」
「もう、ルルエったら」
二人は、顔を見合わせて笑い合う。リリーシュの笑った顔は、まだあどけなさの残る十六歳の少女。男色家の婚約者が居るようには、とても見えなかった。
「おや、アンテヴェルディ嬢ではないですか。こんな所でお会いできるなんて、今日は運が良い」
リリーシュとルルエが庭園の散歩を楽しんでいると、後ろから声を掛けられた。振り返ると、見覚えのある顔。この男性は確か、初めてルシフォール殿下とお会いした食堂に居た気がすると、リリーシュは思った。
「何時ぞやは、ルシフォール殿下が貴女に大変失礼な態度を取ってしまって申し訳ありませんでした。彼に代わり、僕が謝罪します」
「いえ、私はそんな」
「自己紹介すら出来ませんでしたね。僕は王弟の息子で、ユリシス・ダ・ゲオルグ・ランドワーズと申します。簡単に言えば、ルシフォールの従兄弟に当たります」
リリーシュに向かって恭しく挨拶をして見せたのは、ルシフォール殿下の従兄弟と名乗る男性。王弟の御令息ともあれば、かなり位の高い身分である。
慌ててカテーシーをして見せるリリーシュに、ユリシスはからからと笑った。
スラリとしているように見えるが、コートの上からでも鍛えられた逞しい身体であることが分かる。リリーシュよりもずっと背が高く、瞳の色はルシフォール殿下と同じアイスブルーだが、髪の色は殿下よりも少し燻んだブロンドをしている。
歳は、今年二十二歳になるルシフォール殿下よりも少しばかり上に見えた。
キリッとした美丈夫という印象で、きっと武芸事が達者なのだろうとリリーシュは思った。
「僕には気を遣わないでください。どうか、ユリシスと呼んで貰えれば」
「本当に宜しいのでしょうか」
「可愛らしいご令嬢に名前を呼んで頂けるなんて、こんな嬉しいことはありませんよ」
そう言ってにっこりと笑うユリシスを見て、リリーシュも緊張の糸が解ける。同じように笑ってみせれば、彼は更に嬉しそうに顔を綻ばせた。