ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「さて、いつまでもリリーシュの大切な時間を貰っては申し訳ないですね。僕はそろそろ、失礼しようかな」

「ユリシス様、素敵な時間をありがとうございました。声を掛けてくださって、本当に嬉しかったです」

「ふふっ、リリーシュは素直で可愛らしい女性ですね。おっと、こんな風に口説いてはルシフォールに怒られてしまうかな」

(それは有り得ないわ)

リリーシュは内心即答したけれど、口には出さなかった。

「因みに、ルシフォールの部屋はあそこです。もし彼の姿を目にすることがあれば、手を振ってやってください」

塔の上階を指差しながらパチンとウィンクをして見せるユリシスを、リリーシュはとても素敵だと思う。きっと、社交界でも引く手数多なのだろう。

素敵だとは思うけれど、自分を売り込もうとは思わない。ユリシスがどうというよりも、リリーシュは今まで一度も男性にそういった感情を持ったことはなかった。

エリオットのことも、大切な幼馴染だと思っていても結婚相手としては自分はつり合わないという気持ちの方が先に立ち、それ以上を想像することはしなかったのだ。

その度に感じていた、心臓をまち針でチクチクと刺されるような小さな胸の痛みを、彼女は無意識に心の奥底に閉じ込めていた。

若い男性と話しているとついエリオットのことを思い出し、そしてリリーシュは彼を思い浮かべる。けれどどんなに焦がれた所で、自分には選択肢などないと彼女は思う。

それならば、今自分が居る場所を見なければ。感傷に浸るよりも、全てを受け入れて昇華する。能天気と言われればそれまでだが、それは口で言う程簡単ではないことなのだ。

「お嬢様、流石にお体が冷えてきたのでは?そろそろ、お部屋で温まりましょう」

「そうね。すっかり足先が冷たくなって居ますし、一度戻ってお茶にしましょうか」

まだ殆ど庭園を散策できていないが、リリーシュは既に小一時間程外に居る。チラチラと降る雪は、リリーシュを白く染めてしまう前に儚く溶けて、消えていく。

空を見上げながら粉雪を見つめていた彼女の瞳にふと目に映ったのは、先程ユリシスが話していたルシフォールの部屋の窓。

彼が至極楽しそうに彼の弱点を話していた姿を思い出し、思わずリリーシュは口角を上げた。

豪奢な椅子にふんぞり返って座りながら、腕を組んで自分を見下すアイスブルーの瞳。あんな人が今毛布に包まって暖炉の側で震えている姿など、とても想像が出来ない。

「ルルエ、少し待ってちょうだい。やりたい事を思い付いたの」

私の言葉に首を傾げる彼女に微笑み掛けたリリーシュは、たたっと駆け出す。そして皮の手袋をつけた小さな手で、雪を集め始めた。

「お嬢様、まさか今から雪遊びをなされるおつもりですか?一度暖まってからの方が」

「ごめんなさいルルエ。だけど私、今やりたくなってしまったの」

リリーシュはヘーゼルアッシュの瞳をキラキラと輝かせながら、まるで小さな子供のようにはしゃいでいた。
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