ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
ーー

「あはは、彼女は本当におもしろい子だなぁ」

断りもなくズカズカと部屋に入ってきたかと思えば、窓の外を見ながら至極おかしげに笑っている。そんなユリシスを見て、ルシフォールは不機嫌な声を出した。

「一体何なんだお前という奴は」

「そんな格好で睨まれても怖くないな、ルシフォール。少し雪に埋もれた位で情けない」

「何だと?誰に向かって口を聞いているんだ、ユリシス」

「はいはい、大変申し訳ございません。ルシフォール殿下?」

到底そうは思っていない表情でおどけるユリシスに、ルシフォールは溜息を吐いた。昔からこの男には、何を言っても無駄だ。王族であろうが男であろうが、ルシフォールがひと睨みすれば大抵の人間は縮み上がる。

しかしユリシスだけは、飄々とした態度で幾ら邪険にしても近寄ってくる。自分とは違い世渡り上手で愛想も良く、ルシフォールの両親からも王家の人間からも可愛がられる彼のことが、認めたくはないが内心羨ましかった。

加えて頭脳明晰で外交に長けていることもあり、彼は国王直々にルシフォールの側近として息子に力を貸してやってくれと命を受けている。

幾ら侮蔑の言葉を並べようとも全く意に返していない様子のユリシスに、いつしかルシフォールは反発する事を諦めた。それに内心では、ルシフォールは彼の事を認めているのだ。

口が裂けても本人には言いたくないが。

「それでお前は、一体何を見て気持ちの悪い笑い声を上げていたんだ」

未だに毛布を体にぐるぐると巻きつけた状態で、ルシフォールは再び彼をジロリと睨みつける。ユリシスは未だに、窓の外を見つめていた。

「ルシフォールもこっちに来てみなよ。凄く面白いものが見られるから」

「嫌だ。窓の側は寒い」

「子供みたいなこと言ってないで、ほら」

ユリシスが笑いながら、無理矢理ルシフォールの腕を引く。その拍子にパサリと毛布が床に落ちて、ルシフォールの眉間の皺が更に濃くなる。それでも彼は、ユリシスの言う通り窓に近付いた。

(こんな雪の日に、面白いものなどあるものか)

冬が嫌いなルシフォールは、窓の外を睨みつけた。するとそこから小さく、あの公爵令嬢の姿が見てとれた。

所詮金と権力に目の眩んだ女、今まで自分が追い出してきた数多の令嬢と変わりはしないと、ルシフォールはあの夜までそう思っていた。

アンテヴェルディ公爵令嬢を初めて間近に見た時、光を如何様にも取り込んだようなヘーゼルアッシュの瞳が綺麗だと、ルシフォールは素直に思った。

しかしだからといって、妻にする気など毛頭ない。こちらから声を掛けないまま放っておけば、その内不満を漏らすだろうと思っていた。そうすれば、不敬だのなんだのと理由をつけて城から追い出してやろうと思っていたのに。

彼女は不満を漏らさないどころか、食堂に呼びつけておきながら共に夕食を摂る気はないと言った自分を、特に非難する様子も見られない。

一人きりの食事は寂しいからルシフォールと共に食べたいと口にし、それを断ると素直に引き下がった。

恐れている様子も、媚びを売っている様子もない。彼女の瞳はただ真っ直ぐにルシフォールを捉え、そして今自分の置かれている状況を冷静に受け入れているように見えた。

実に平凡で、取るに足らないただの公爵令嬢。しかし一方でルシフォールは、リリーシュに言い表しようのないものを感じていることも事実だった。

理解ができないという感情は、彼にとってとても不愉快なことだったのだ。
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