ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
ユリシスと並び、アンテヴェルディ公爵令嬢の姿を見下ろす。枯れ木に雪が降り積もっただけの、美しくも何ともないもの寂しい庭園に、落ち着いた色のドレスを身に纏った令嬢が何やらせこせこと動いている。

「あの女は、一体何をしているんだ」

「さぁ、何だろうね?」

ユリシスのこの含み笑いにルシフォールは嫌という程覚えがあった。この男は、素知らぬふりしていつも掌で周りを転がしているような性悪だ。

「ユリシス。まさかお前、さっきまであそこにいたのか?」

「どうしてそう思うんだい?」

「お前がそういう顔をしている時は、大体何か仕組んでいる時だからだ」

ルシフォールの指摘に、ユリシスは悪戯っ子のように肩をすくめた。

「確かに僕はさっきまで彼女と一緒に居た。たまたま、庭園で会ったんだ」

「たまたま、か」

「少し他愛無い会話を交わしただけで、特別なことはしてないよ。あ、でもルシフォールは寒いのが苦手で、 今は部屋で縮こまっているってことは教えてあげたけど」

「…ユリシス、貴様」

「そんなに怒らなくたって、彼女は大丈夫だって」

「ふん、何を根拠にそんなことを」

女という生き物は、実に姑息で浅ましい。武器として自分の体を使う事に何の躊躇いもなく、そしてそんな自らの罪を平気で他人に擦りつける。

これまでルシフォールは、数え切れない程の女性からアプローチを受けて来た。別に、外見や権力に魅力を感じる事が悪いとは言わない。しかし、それを手に入れる為のやり方が最悪だ。彼は幼い頃から非常に女運が悪く、そういった令嬢しか寄って来なかったのだ。

元より捻くれた性分であったルシフォールだが、悲惨な経験を積み重ねたことにより更に歪んだ性格へと成長を遂げたのだった。

そしてもう一つ。単純に母である王妃が恐ろしいこと。女は怖いと、無意識に刷り込まれていた。

彼の周囲の人間は、ルシフォール殿下は筋金入りの女嫌いであり、王家の為に仕方なく結婚することになったとしても、決してそこに愛情が生まれる事はないだろうと思っていた。

しかしユリシスだけは、ルシフォールの本質はそうではないと考えている。この不憫な従兄弟は、人一倍愛に飢えている。強情な態度で女性を寄せ付けず、果ては男色家とまで噂されている男ではあるが、本当は誰よりも愛されたいという想いが強い。

比較的穏やかであるユリシスの母親を見る瞳の奥に、羨望の眼差しが隠し切れていない。そんなルシフォールを、彼は内心とても可哀想に思っていたのだ。

「あれさ、きっと君の為にやってる事なんだと僕は思うけど」

「は?それはどういう意味だ」

「リリーシュが必死に掻き集めている雪、何かの形に見えると思わない?」

ユリシスの言葉に、ルシフォールは目を凝らす。

「俺には只の歪な雪の塊にしか見えない」

「そんなことは…いや、うん。きっとそんなことはないよ。あれは…うん。きっと素敵な何かだ」

ここからでははっきりと見えなかったが、一生懸命に雪を積み上げてはペタペタと固めているリリーシュを見て、ユリシスは胸がほんわりと温かくなったのだった。
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