ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「そんなことよりもユリシス。お前名前で呼ぶような間柄になったのか」

「何?リリーシュの事が気になる?僕に嫉妬してるの?」

その言葉に、ルシフォールは心底嫌そうな表情を見せる。ユリシスは、楽しくて堪らない。

「くだらない事ばかり喋っていないで、仕事に戻れ。お前が居ないと廷臣達が話にならない」

「それはルシフォールが無駄に高圧的だからでしょ?例え意見があったとしても、言える雰囲気じゃないんだから。国王や第一王子よりよっぽどおっかない顔をしてるし」

「俺が配慮するべきことじゃない。着いて来れない人間など不要だ」

「また独りよがりな事を言って。僕は嫌だよ、また前の様に君と他の大臣達との間を取り持つのは。これ以上反感を買う事は、君の為にもならない」

「俺は自分のすべき事を全うしているだけだ」

「そんな事だから、男色家なんて噂が立つんだよ」

「それはお前の所為だろうが!」

ダン!と片足を踏み鳴らし、ルシフォールが声を荒げた。女嫌いが酷い所為で、自分が男色家だと噂されていることをルシフォールは知っていたし、その噂が案外便利である事も。しかし事実は全く異なるものであるし、大体噂を積極的に流し始めたのは目の前のこの男なのだ。

「まぁまぁ、そんなに熱くならないで。今はリリーシュが、何をあんなに一生懸命作っているのかが問題じゃないか」

「俺は全く興味がない」

「ねぇ、二人で当ててみないか?今度僕が、彼女に正解を聞いてみるから」

「…馬鹿馬鹿しい」

「いいじゃないか、たまには必要な事だよ」

にっこりと微笑むユリシスを見て、ルシフォールは苦虫を噛み潰すような顔をした。どんなに腹の立つ事を言われようと、男色家という噂を流されようと、ルシフォールは彼を本気で拒絶出来なかった。

なぜならば、根は悪い男ではないと分かっているからだ。男色家という噂も、女のあしらい方が下手なルシフォールの為であると分かっている。その所為で、暴力男などというデマにまで派生してしまった事は若干恨んでいるが。

女にどう思われようがどうだって良いが、男にまで脅えられるのは煩わしかったのだ。

「僕はね、うぅん。ドラゴン、かな。リリーシュが考えた空想のドラゴン。もしくは、山の奥深くに棲息している獰猛な毒蛇か」

「…そんなものを雪でこしらえる様な女なのか」

「だって僕にはそう見えるんだもの」

ユリシスは、仕方ないといった様子で肩をすくめる。大体自分はこんな茶番に付き合う気はなかったのにと、ルシフォールは盛大に溜息を吐いた。しかし、律儀に雪の塊を見つめる。

眼下のアンテヴェルディ公爵令嬢は、かじかむのか時折両手を擦り合わせる様な仕草をしている。それでもなおせっせと雪を集め、気が付けば歪な塊は結構な大きさに膨らんでいた。

「…馬」

アイスブルーの瞳をスッと細め、ルシフォールはポツリと呟く。

「えっ、馬?あれが?」

ユリシスは、パチパチと目を瞬かせている。どう見ても馬には見えなかったからだ。

「無駄話はそろそろ終わりだ。行くぞ、ユリシス」

「そういえば、震えはもう止まったのかい?あれだけ寒がっていたのに」

「…」

雪の降る庭園で雪をかき集めているリリーシュの方が何倍も寒そうに見えて、ルシフォールは自分の寒さを忘れていた事に気が付く。

何となくバツが悪くなった彼は、それを誤魔化す様に軽く舌打ちして見せた。
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