ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
あの日、ルルエの静止も聞かずせっせと雪を積んでは固めてと繰り返した結果、リリーシュの両手は酷い霜焼けになってしまった。こんな事なら、途中から手袋を脱ぎ捨てるんじゃなかったと彼女は思ったが、今更もう遅い。

(だって、べちゃべちゃに濡れてしまって気持ち悪かったんだもの)

暫くルルエのお小言に耐えている間、彼女は心の中でそんな風に言い訳をした。

両手は真っ赤で痛くて痒くて堪らないし、時折あの寒さを思い出した様にブルッと体が震える。それでもリリーシュは、自分のした事に満足していた。

(時間を忘れて雪遊びなんて、いつ振りかしら)

きっと、殿下の結婚相手になる淑女の行いとしては相応しくなかっただろう。万が一彼に目撃されていたら、流石は田舎者のお子様令嬢だと益々蔑んだ瞳を向けられるかもしれない。

だけど、それでも構わなかった。ユリシス様から話を聞いて、リリーシュは思ったのだ。確かに寒くて冷たいが、雪はとても綺麗で楽しいものだ。触れるとすぅっと溶けていく儚さも、たくさん集めれば強固になる結束力の様なものも、彼女は好きだった。

だから、雪を集めて遊んだ。そしてどうせなら、ルシフォール殿下の部屋から見える位置に何かを作りたいと、ただそう思っただけ。ここではどうせやる事もないし、時間を気にせず子供の様に夢中になれてリリーシュは満足していた。

(ああ、楽しかった)

彼女は自分の為に、ただただ楽しく遊んだだけだったのだ。




その翌々日、執事のフランクベルトがユリシス殿下からの伝言をリリーシュに伝えた。彼女はその伝言通り、ルルエを従えてバンケットルームへとやって来た。

宮殿内には規模様々なバンケットルームが無数にあり、今日リリーシュが招待されたのはアフターヌーンティーにピッタリな比較的こじんまりとした部屋だった。

と言っても、豪奢なシャンデリアに一目で上質と分かる調度品の数々がセンス良く配置された、とても素敵な部屋であるが。

(やっぱり、コルセットが苦しいわ)

普段は、実家から持参したドレスをルルエに着つけてもらっているから、ここまで締め付けは酷くない。ユリシス殿下と会うのだからと、ズラッとやって来た王宮のメイド達にこれでもかとキツく腰元を絞られたのだ。

「やぁ、リリーシュ。わざわざありがとう」

「ユリシス様、ご機嫌いかがですか。本日はお招き頂き、大変嬉しく存じます」

恭しくカテーシーをして見せたリリーシュに、ユリシスは柔らかく笑う。

「そんなに畏まらなくていいよ。今日はただ君と、美味しい紅茶とお菓子を楽しみたかっただけだから」

「ありがとうございます。とても嬉しいです」

紅茶とお菓子と聞いて、リリーシュの瞳の奥が子供の様にキラリと揺らめいたのを、ユリシスは見逃さなかった。そんな彼女を見て、素直で可愛らしい子だと益々好印象を抱いたのだった。
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