ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
以前庭園で話した時と変わらず、ユリシスは話しやすい人という印象だった。リリーシュは美味しい紅茶と焼き立ての焼き菓子に舌鼓を打ちながら、彼の話に熱心に耳を傾けた。

ユリシスはとても博識で、学校に通う事もなく家庭教師だけで教育を済ませた彼女が知らない話を、面白おかしく話して聞かせてくれる。

彼女は特に媚を売るつもりもなく、ただ本当に楽しいと思ったから何度も「楽しいです」と口にした。その度に、ユリシスは嬉しそうに頷いたのだった。

「リリーシュは、結婚相手があのルシフォールでも本当に良いの?」

暫くして、ユリシスはカップを持った手をゆらゆらと揺らしながら、穏やかな表情でリリーシュに尋ねた。

「それは、私が決める事ではありません。ルシフォール殿下がお嫌だと言うならば、私はそれに従います」

「では、ルシフォールが良いと言ったら?」

「勿論、慎んで受けさせて頂きます」

「リリーシュ。君は、自分の意思というものを持ち合わせていないという事で良いのかな」

ユリシスは、ワザと意地の悪い言い方をした。彼はリリーシュの事を気に入っており、この女性がルシフォールの妻になればと内心では思っていた。

とはいえ、まだまだ付き合いは浅くリリーシュの人となりを完全には理解していない。それ故に、わざと彼女が気分を害する様な言動をしてみようと考えたのだ。

「そう聞こえてしまうのかもしれないですけれど、私は流されるままに全てを決めている訳ではないのです」

「だけど君は、この結婚は不本意だろう?」

(ユリシス様は、決して優しいだけの方ではないのね)

例え不本意だとして、それを口に出して言える訳がない。それを分かっていて、リリーシュの表情の変化を伺おうとしているのだろうか。

ユリシスは王弟の嫡男であり、将来はきっと新たに国王となる第一王子を支える重要な人物になる。只のお人好しに務まる筈はない。

「私は今までの人生で一度たりとも、誰かに何かを無理強いされたと感じた事はありませんわ。私は、私がそうだと思う選択を自らしているだけなのです」

それは、リリーシュの本音だった。どんなに嫌だと思う事でも自分なりに昇華をして、前向きに捉えた。決して偉い訳ではなく、その方が楽だと思うから。

立ち向かう気概というものを、リリーシュは持ち合わせていないのだ。

「僕には少々、強がりに感じてしまうね」

「どう捉えて頂いても構いません」

「だって、あんな男だよ?男色家で暴力的で、君が何かをしでかせば、すぐにでも叩き出すつもりでいる」

「まぁ。では、そうならない様に頑張らなくてはなりませんね」

リリーシュは口元に手を当ててみせるが、全く頑張ろうとは思っていないその言い方にユリシスは思わず笑ってしまった。

流石、体を鍛えたいなどと突拍子もない事を言い出す変人だと、ユリシスは嬉しさを隠しきれなかった。
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