ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「嫌だな。そんな所でずっと立ち聞きなんて、王子のする事じゃないと、僕は思うんだけど」

リリーシュの答えを聞いてから何故か上機嫌になったユリシスを不思議に思いながら、彼女は後ろを振り向く。そこには、立ち姿も見目麗しいルシフォール殿下が不機嫌そうな顔をしていた。

ユリシスは殿下の存在に気付いていて、先程の質問をしたのだとリリーシュは察する。

(まぁ。何て意地が悪いのかしら)

少しばかりムッとしたけれど、顔には出さない。それ程ルシフォール殿下の事を思っているのだと、彼女は自分をそう納得させる事で事なきを得た。

「これは殿下、ご挨拶が遅れまして失礼致しました。本日も大変麗しいお姿で」

ルシフォールが覗いていた事に全く気が付かなかったリリーシュは慌てて立ち上がると、出来るだけ丁寧にカテーシーをしてみせた。

「煩わしい挨拶はよせ」

今日も今日とて、澄んだアイスブルーの瞳が嫌そうに歪んでいる。彼はリリーシュをほんの一瞬ちらりと見ただけで、すぐに視線を逸らした。

(見たくもない程嫌なのに、何故こちらにおいでになったのかしら)

そう考えて、彼女はすぐに答えに辿り着いた。それはユリシスだ。殿下は、自分が彼に近付く事が気に入らないのだろう。そこに恋愛が絡んでいるかどうかは分からないけれど、お互いの存在を大切に思っているのは分かる。それはとても羨ましい事だ。

リリーシュがボーッとそんな事を考えている間にも、メイド達はテキパキと殿下の紅茶やお菓子の用意を済ませている。しかしルシフォールは「余計な事をするな」と一蹴した。

(それならば、最初に仰ればいいものを)

アンテヴェルディ家に居た頃から食べ物を粗末にする事を嫌っていたリリーシュは、殿下の態度が少し癪に触った。そして、自らの皿に残っていた焼き菓子の残りをぱくりと口に入れると、再び立ち上がった。

「殿下がいらっしゃったばかりですのに、大変申し訳ありません。私、そろそろ部屋に戻らせて頂こうかと」

「おや、リリーシュ。気を遣わなくていいんだよ?」

「そうではありません。頂いた紅茶とお菓子がとても美味しくて、私は幸せな気持ちになりました。ルシフォール殿下にもぜひ、召し上がって頂きたいと思ったのです」

「…」

ルシフォールは、眼下に用意された紅茶を睨み付ける。この女は、あの日もそうだった。不快だという態度を微塵も見せず、さらりとそんな台詞を口にして見せる。それなのに媚びへつらっている様にも見えないのだから、これが演技ならば大したタマだと彼は思った。

「ルシフォール。リリーシュはこう言ってるけど、君はどうする?」

含み笑いを隠そうとしないユリシスが、ルシフォールにそう問いかける。

ルシフォールは一層不機嫌そうに眉根を寄せながらも、顎で椅子を指しリリーシュに「座れ」と命じた。そして自らも、渋々といった様子で席に着く。リリーシュは思わず、まん丸になる瞳を隠せなかった。

「何だその顔は。文句があるなら今すぐ出ていけ」

「いいえ。ご一緒させて頂けるなんて光栄でございます」

(こんな事なら、さっきの焼き菓子を急いで食べるのではなかったわ)

残念そうにふにゃりとした表情を見せたリリーシュを見て、ルシフォールは心底理解が出来ないと思った。
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