ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「そういえば、アンクウェル殿下は上手くやったみたいだね」

「兄上は外交については恐ろしく出来る男だからな」

「エヴァンテルの王子達は三種三様、それぞれ長けている分野が違うから何かと便利だよね」

「お前は本当に怖いもの知らずだな」

「ルシフォールのお目付役は僕以外に出来ないからね。何を言っても殺されはしないと分かっているのさ」

「ふっ、つくづく変わった男だ」

「君には負けるよ、ルシフォール」

(まぁ。やっぱりとても仲が宜しいのだわ。羨ましい)

今度はさくさくのスコーンをせっせと口に運びながら、リリーシュは二人の様子を微笑ましく思う。自分に全く分からない話をされていても、彼女は特に気にならなかった。針のむしろの様にチクチクと沈黙が続くより、ずっとマシだ。

(流石、王宮の紅茶もとても美味しいわ。だけど個人的には、ランツ侯爵夫人から教えて頂いたものが一番なのよね)

あの茶葉をここに持ってくれば良かったとリリーシュは後悔していたのだが、いずれその機会もあるだろうと今は諦めている。

エヴァンテル王国にはない、あのオリエンタルな風味とすっと鼻を抜ける芳しい香りが、リリーシュはとても好きだったのだ。

(当たり前だけれど、国が変われば食べ物も飲み物も全く違うのね)

エヴァンテル王国以外の国とは、どんなものなのだろう。もしもルシフォール殿下と結婚すれば、いつかは外交という名目で行く事が出来たりするのだろうか。

「おい」

「はい。ルシフォール殿下」

すっかり意識をまだ見ぬ異国の地に馳せていたリリーシュの耳に、地を這う様な低い声が聞こえる。素知らぬ振りして返事をしたが、彼にはお見通しだったようだ。

「つまらぬならつまらぬとハッキリ言えばいいだろう」

アイスブルーの瞳は、やはり不機嫌そうに細められている。

「とんでもありません、殿下。お二人とこうしてアフターヌーンティーを楽しめるなんて、とても光栄です」

「ふん、白々しい」

あの食堂での事は、リリーシュも正直に言えば怖かった。しかしルシフォールのこの態度が、幼少期つんけんしていた頃のエリオットと良く似ていると気が付いてから、あまり怖いと思わなくなった。

(殿下はそ・う・い・う・お方なのだから、気にしても仕方がないのよ)

リリーシュは、相手に期待するよりも自分が順応した方が早いと、アンテヴェルディ家で嫌という程学んでいる。そしてエリオットの事もあり、彼女はルシフォールのこの悪態を寧ろ懐かしいとさえ思っていたのだ。

「…何故、そんな顔をする」

「申し訳ございません。私、見るに耐えない顔をしていますでしょうか」

「違う。何故お前は、私を恐れないのかと聞いている」

(充分恐れていたわ、特にこの間は)

これは何と答えるのが正解なのだろうと考えを巡らせたが、さっぱり分からない。分からない事は、それ以上考えないようにしている。

「私はきっと、我が強いのでしょう。自分が一度こうだと思えば、もうそうなってしまうのです」

「意味が分からない」

「私は今後も決して、ルシフォール殿下ご自身に何かを変えて欲しいとは思わないでしょう」

「…」

まさか、そのままで良いなどと言われるとは思っていなかったルシフォールは、渋い顔のまま口を噤む。

そんな彼に視線を向けていたリリーシュは、ふと彼の目の前に置かれた皿が空っぽである事に気が付いた。

(甘い物が好きな所も、彼と似ているわ)

エリオットもそうだった。どんなにムスッとしていようとも、アンテヴェルディ家のパティシエが作る自慢のスイーツを、一度たりとも残した事はなかったのだ。

その姿に想いを馳せ、リリーシュはヘーゼルアッシュの瞳を優しく輝かせる。ルシフォールは、何故かその様子から目を離す事が出来なかった。
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