ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
寒い筈なのに、ここは男性達の熱気に包まれていた。リリーシュもそれに当てられた様に、頬を赤く蒸気させる。

ユリシスの話だと、ここは主に見習い騎士達が訓練する場所なのだそうだ。戦場に駆り出される手練手管の騎士達は、主に国王と王妃の住まう塔にある訓練場の方に居るらしい。

「僕もルシフォールも、言わば趣味の様なものだね。指導という名目でいつもここに顔を出しているんだ」

「剣を振るのがお好きなのですか?」

「そうだね。部屋に閉じこもって事務仕事ばかりしているより、外で体を動かす方がずっとスッキリするからね。特にルシフォールの腕前は、かなりのものだよ」

羨ましいと、リリーシュは思う。皆真剣に汗を流しながら各々が訓練に励んでいる。その様子は、彼女の目にとても眩しく映った。

そしてその澄んだ瞳を、真っ直ぐユリシスに向けた。

「こんな事が出来るなんて、男性は本当に素晴らしいです。剣を自由自在に操ったり、すいすいと壁を登ったり、毎日厳しい訓練に励んでいる賜物なのでしょうね」

「そんな風に言ってもらえると嬉しいよ。本当にリリーシュは、素直で可愛い人だ」

ニコリと人当たりの良い笑みを浮かべたユリシスの肩を、誰かが掴む。そこには、相変わらず不機嫌そうに眉間に皺を刻んだルシフォールが立っていた。

「やぁ、ルシフォール。来たんだ」

「…」

「そんなに力を込められると、流石の僕でも痛いな」

ちっとも痛くなさそうな顔でユリシスはそう言った。そしてリリーシュはというと、

(ルシフォール殿下。これでお会いするのは三度目だわ。太陽の元で見ると、アイスブルーの瞳が益々綺麗)

などと思いながら、思わずジッとルシフォールの瞳を見つめた。

「人の顔をジロジロと睨めつけて、無礼な女だ」

「あっ、大変申し訳ございません。私ったら、ご挨拶もなしに不躾な態度取ってしまって。陽の光を取り込んでいるかの様な殿下の瞳があまりにも綺麗で、つい見惚れてしまったのです」

「…」

出会い頭に媚を売る発言をするリリーシュを、ルシフォールは不快に思う。しかし、彼女のヘーゼルアッシュの瞳の奥に他意は見られず、本当にただ自分の瞳を見つめているだけのリリーシュに、ルシフォールは何処を見たら良いのか分からなくなってしまった。

大体何故女が訓練場などに来たがるのか、ルシフォールには理解出来ない。自分の母親は、決してそんな事はしなかった。それどころか、最近いつ顔を合わせたのかも定かではない。リリーシュとの婚約の事も、両親の口から聞いた訳ではないのだから。

「折角だからルシフォール、俺と手合わせする?」

「お前と俺が手合わせしても意味がないだろう」

「リリーシュに良い所見せたいでしょう?」

「馬鹿馬鹿しい。時間の無駄だ」

「そんな事言って、彼女がここに来る事を許した癖に」

「俺は許可など出していない。お前が勝手にやったんだろう、ユリシス」

「素直じゃないなぁ、捻くれ王子様は」

きつい言葉とは裏腹に指をソワソワと動かしているルシフォールを見て、ユリシスは嬉しそうに笑った。
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