ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
第六章「相手を傷付け、自分が傷付く」
リリーシュが宮殿内を自由に散策できる様になってから、早一週間。彼女は、今の生活をとても満喫していた。いや、正確にいえば今でもルルエと執事のフランクベルト以外からは、腫れ物の様に扱われているが。

それでも彼女は、宮殿内の噂の的だった。

ーー男色家で女嫌いのルシフォール殿下が、自分の敷地内に入る事を許可した初めてのご令嬢

ルルエが教えてくれた内容では、リリーシュはこんな風に言われているらしい。実際ルシフォールの態度は相変わらず酷いものだったが、それでもこんなに騒がれるものなのかと彼女は不思議に思った。

「やぁ、リリーシュ」

(そういえば、この方も居たわ)

ユリシスはもう何度も、リリーシュに会いに来る。相変わらず彼女は宮殿の客間で生活しており、ルシフォールとの婚約話も進んでいるのかどうなのかすら分からない。しかし、自分は追い出されていないのだから今はそれで十分だと、リリーシュは思っている。

追い出されない限り、アンテヴェルディ公爵家はまだ何とか持ち直す事ができる筈なのだから。

(だけど、誰も手紙をくれないのは寂しい)

両親からも兄からも、そしてエリオットからもこの数週間便りは一通もない。私の事はきっともう、エリオットの耳にも入っているだろうに。

「リリーシュ。どうしたの?体調でも悪い?」

ティーカップを手にしたままぼうっとしていたリリーシュに、ユリシスが心配そうな瞳を向ける。彼女は慌てて、にこりと笑顔を作った。

「申し訳ありません、ユリシス様。少々考え事をしておりまして」

「何か悩みがあるなら、僕に話してごらん。力になれる事なら、君を助けたい」

「温かいお言葉ありがとうございます。ですが、悩みではありません。別の事を考えていたのです」

「別の事?」

「はい。馬に触ってみたいな、と」

予想外の答えに、ユリシスは思わず口を付けていた紅茶を吹き出しそうになった。目の前の一見可憐なこのご令嬢は、実はとても風変わりだ。この短い間で、ユリシスはそんなリリーシュをすっかり気に入っていた。

「君は本当に不思議な女性だよね」

「そうでしょうか?私、母にはいつも平凡でつまらないと言われていました」

「平凡?君が?」

「母は、良くも悪くも目立つ方ですので」

その言葉に、ユリシスはリリーシュの母であるラズラリーの顔を思い浮かべようとする。しかし、幾ら頭を捻っても思い出せなかった。とんでもない美女であるとは聞いていたし、実際に目にした事もある。しかしユリシスは、外見の美醜にはあまり興味がなかったのだ。

彼が重要視しているのは、いかに自分を退屈させない人物であるかという事。人の良さそうな顔をして、実の所はユリシスも相当な曲者であったのだ。

「僕は、リリーシュの事を素敵だと思っているよ。ルシフォールの婚約者候補でなければ、すぐにでも僕が立候補していた所だ」

「まぁ、ユリシス様はお優しい方ですね。未だに殿下に相手にもされない哀れな私を、慰めてくださるなんて」

「茶化さないでよリリーシュ。僕は本気で言っているんだから」

ユリシスはリリーシュに向かってにこりと微笑んだ後、背後に控えていたフランクベルトをチラッと一瞥した。

「おっと、このことはくれぐれもルシフォールには内緒にしておいてね」

リリーシュは、何故かその台詞が自身に向けられたものではない様な気がして、ことりと首を傾げた。
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