ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
ユリシス殿下とのアフターヌーンティーを楽しんだその夜、フランクベルトからの言伝で彼女はあの時ぶりに宮殿内の食堂に来ていた。

「良くお似合いですよ、お嬢様」

フリルや刺繍が上品にあしらわれた、ダークブルーのドレス。とても素敵ではあるのだが、やはりコルセットがキツいのだ。

(殿下に招待される度に、私はこの苦しさに耐えなければならないのかしら)

決して顔には出さなかったが、リリーシュはそう思うと悲しくなった。

「お嬢様がまたあんな事を言われたら、私は今度こそ文句を口にしてしまいそうです」

「それだけはいけないわ。絶対に我慢すると約束して、ルルエ」

「分かりました」

渋々ルルエを納得させたリリーシュだったが、食堂に一歩足を踏み入れた途端、彼女に約束をさせておいて良かったと、心底思った。

近付けば近づく程に、不機嫌な雰囲気がグサグサとリリーシュの肌を攻撃してきたからだ。

(だからどうして、嫌なのに私を呼ぶのかしら)

リリーシュは良い加減うんざりしたが、国王や王妃の手前仕方なくこんな事をしているのだろうと結論づけてからは、その気持ちもなくなった。ルシフォール殿下もお気の毒だな、と。

「殿下。本日はお招き頂きありがとうございます」

見た目だけで言えば、ルシフォールは本当に美しかった。輝くプラチナブロンドと、澄んだアイスブルーの瞳。その素材の良さを決して邪魔しない、シンプルな服装。ピタッとした仕立てのそれは、彼のスタイルの良さを一層引き立てている。

(この表情で、全てを台無しにしているけれど)

凍てつく氷河の如き表情を、敢えて好む女性も居るかもしれない。しかし少なくともリリーシュは、そうではなかった。

「余計な挨拶」と言われない様、リリーシュはそれだけを口にする。ルシフォールは、やはりリリーシュをチラとすら見なかった。

「アンテヴェルディ公爵令嬢。どうぞ席へお掛けください」

フランクベルトにそう促され、リリーシュは戸惑う。

「ですが…」

チラリとルシフォールに視線を向けたが、彼は良いとも悪いとも言わなかった。ただ、美味しくなさそうな表情で黙々と料理を口に運んでいるだけ。

(こんなに不機嫌そうなのに、私が居て良いのかしら)

しかし前回は、フランクベルトは一切口を挟まなかった事を思い出し、リリーシュは素直に従う。

「で」

その途端、彼女と距離のある場所に座っていたルシフォールが、低い声で言った。

「ユリシスと不義をしているというのは、本当なのか」

リリーシュは、ヘーゼルアッシュの瞳をこれでもかという程まん丸にした。

「お前が最近、ユリシスに擦り寄っている事は聞いている。私の妻の座は無理だと悟り、はしたなくもユリシスを狙うとは。これだから女という生き物は」

吐き捨てる様に言われ、流石のリリーシュもピクリと額に青筋を立てた。この男は一体、私の何がそんなに気に入らないというのだろうか。

(幾ら女嫌いとはいえ、限度があるでしょう)

彼女は膝の上でギュッと拳を握り締めた。今すぐそれでドン!とテーブルを叩いてやりたいのを、グッと堪える。そして、ルシフォールには気付かれない様浅い呼吸を何度も繰り返して、自身を落ち着かせた。

(ここで騒ぐ事に、何の意味も価値もないわ)

リリーシュはこれから自分がどう立ち回れば良いのか、余計な感情を排除しその一点のみに集中した。
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