ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
そもそもこの男は、何故不義などと言い出したのか。理由の一つは、自分を追い出す名目として。もう一つは、ユリシスを大切に思っているから。あるいは、そのどちらも。

もしユリシスとの事を理由にリリーシュを追い出そうとするのならば、もう少し早く行動しているのではないだろうか。それに、こんな風に呼び出さずともフランクベルトにでも託けてさっさと叩き出せば済む話。

となれば、主な理由はユリシス本人。彼への想いが家族愛なのかはたまた別の何かなのか、リリーシュにとってはどちらでも構わない。重要なのは、少なからずルシフォールが傷付いているのではないかということだ。

(彼にも人の心はあるんだもの)

リリーシュは、最近ユリシスに頼りすぎていた事を素直に反省した。そしてそのままそれをルシフォールに伝えた。

「殿下。私は殿下のお気持ちも考えず、自分勝手な行動をして大変申し訳ございません。ユリシス殿下の親切に甘えてしまいましたが、今後は誤解を招かぬ様謹んだ行動を心掛けます」

「…ユリシスに好意を抱いているんだろう」

「ユリシス殿下は暖かな陽だまりのような方で、私は思わず家族を思い出してしまったのです」

「家族?」

「申し訳ございません、殿下」

リリーシュは自分でそう口にして初めて気が付いた。

(そうか、私は思っていたよりもずっと寂しかったんだわ)

ユリシスは優しく温かで、つい寄り掛かってしまっていたのだ。だけどきっと彼は、優しいだけじゃない。リリーシュはそうも感じていたので、自分から必要以上に近付いたりはしなかったのだが。

ふっと寂しげな表情を見せたリリーシュを、ルシフォールはチラリと横目で一瞥した。内心では、何故そんな顔をするのかが理解できず、もしやユリシスの姿でも思い出しているのではないかと邪推した。

「ユリシスを利用したと認めるんだな。やはりお前は最低な女だ」

「利用…その様な言い方をしてしまえば、そうなのかもしれません。不義などではないと誓って断言はできますが、殿下におかれましては大切なご家族を案じ大変お心を痛められたことでしょう。本当に、申し訳ございません」

そう言われて、ルシフォールは変な顔をした。リリーシュの言葉の意味が理解出来なかったが、どうやらユリシスを心配して自分にこんな事を言っているのだと捉えている様子の彼女に、またもルシフォールはいらいらと眉間に皺を寄せた。

そんな言葉が欲しい訳ではない。どうか誤解しないでくれと、婚約者である自分に縋るのが正しい選択だろうと、ルシフォールは思った。そして次の瞬間、そんな事を思ってしまった自分自身に驚愕した。

そもそも自分は、この女を呼び立ててこんな事を言って、どうしたかったのか。腹立たしい感情のままに行動してしまったけれど、一体どういう方向に話が進めば満足なのか、自分でも分からなかった。

この事を理由に、この令嬢を無理矢理追い出す事もやぶさかではないというのに。今までなら、すぐにでもそうしていた筈なのに。

それなのに何故、自分はそうしない?目の前でしょんぼりと俯くこの公爵令嬢に、更なる追い討ちをかけない?

「…」

気を抜けば思わず手を伸ばしてしまいそうになるのを、ルシフォールは必死に抑えた。料理に妙な薬でも盛られたのではないかと疑いたくなる程、今の自分はおかしいとルシフォールは困惑した。

この女が寂しかろうと、関係ない。実家が借金まみれだろうと、知った事ではない。

ーー今すぐ、俺の前から消え失せろ

どうしてその一言が、言えない。
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