ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。

第七章「この感情を、持て余してしまう」

冬の色は益々濃くなり、しんしんと雪が降り積もる。流石に庭園にも行けなくなったリリーシュは、宮殿内にある蔵書室にやってきた。上下左右を見渡してどこもかしこもぎっしりと詰まった本棚を見るのは、壮観だ。

リリーシュは、特別読書が好きという訳ではない。どちらかといえば、体を動かす事の方が好きだし、あまり小難しい内容だと途中で挫折してしまう。

以前貴族の間で流行していると聞いた恋愛小説を、数冊手に取りると椅子に腰掛ける。今ここにいるのは、リリーシュを含め数人だけ。シンと静まり返った空間に、パラパラと本を捲る音だけが聞こえる。

チラチラと見られている様な気配はするが、あまり気にしない事にした。針のむしろと言うほどでもないし、無駄に睨んだりして「アンテヴェルディ公爵家のご令嬢は態度が悪い」なんて噂を流されても面倒だ。

「あの、失礼ですがアンテヴェルディ公爵令嬢ではありませんか?」

不意に声を掛けられ、リリーシュは本から視線を上に上げた。目の前には、柔和な笑みを浮かべた美しい男性。プラチナブロンドに深い青色の瞳。一目で「似ている」と彼女は思った。

「僕はアンクウェル・ダ・スナイプ・エヴァンテルと申します。ルシフォールの兄です」

瞬間、リリーシュは弾かれた様に椅子から立ち上がった。アンクウェルという名は、正に今本人が口にした通りルシフォール殿下の兄であり、つまりはエヴァンテル王国の第二王子という事だ。

「初めまして、殿下。私はアンテヴェルディ公爵家の娘、リリーシュ・アンテヴェルディと申します。ご挨拶が遅れまして、大変申し訳ありません」

内心ドキドキと脈打つ心臓を必死に抑えながら、出来るだけ綺麗な所作でカテーシーをしてみせる。アンクウェル殿下はそんなリリーシュを見て、再び優しく微笑んだ。

「そんなに構えないで。私の事は、どうぞアンクウェルと呼んでくれないかな」

(そんな事は無理だわ)

そう思いながらも、リリーシュは只微笑んだ。急に第二王子が目の前に現れたら、誰だって緊張するに決まっている。まさかこんな場所で出会うなんて、思っても見なかった。

リリーシュを見つめる優しげな瞳は一見ルシフォールと同じ色に見えて、微妙に違うとリリーシュは思った。ルシフォールが澄んだアイスブルーなら、アンクウェルは吸い込まれる様なコバルトブルーだ。

さらさらとしたプラチナブロンドと端正な顔立ちも、良く似ている。しかし浮かべる表情が違うと、こうも違って見えるものなのかと、リリーシュは感心さえしてしまった。

アンクウェル殿下は落ち着いた声色で「宜しければ今からお茶でも」と口にする。特に断る理由もないリリーシュは、当たり障りのない笑みを浮かべながらコクリと頷いたのだった。
< 53 / 172 >

この作品をシェア

pagetop