ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
大体ユリシスやアンクウェルは名前で呼ぶ癖に、何故自分の事は殿下としか呼ばないのか。仮にも婚約者候補ともあろうものが、おかしいとは思わないのか。

「殿下。申し訳ございません」

ほら、まただ。ルシフォールは苛々と腕組みをしながら、リリーシュを睨みつけた。睨まれたリリーシュは何故かタタッと、ルシフォールに近付いた。

「寒いのが苦手なのに、こんな場所にお呼びたてしてしまって…どうぞ今すぐ暖かい場所で体をお休めになって下さい」

「は?まさかお前は、俺に帰れと言っているのか」

意味が分からない。喜ぶだろうと思いわざわざ馬が休んでいる小屋まで連れてきてやったというに、それを帰れなどと。ユリシスには一言も、そんな事は言っていない癖に。

リリーシュが寒がりなルシフォールを案じての事であると言う所まで、彼は気を回すことが出来なかった。幼少期を除けば、今まで女性に対し気遣いなどして来なかった。だから、今更やろうと試みた所でその方法が間違っている事に、ルシフォールは気付けない。

「いいえ、違います。殿下は寒い場所が苦手だとユリシス様から伺いましたので、いつまでもこちらにいらっしゃってはお辛いかと」

「煩い。余計な気遣いは無用だ」

「ルシフォール、その言い方は良くないんじゃないか」

「黙れユリシス。お前までその女の味方をするつもりか」

「いや、僕はただ」

「分かりました」

ピシャリと、リリーシュがそう口にする。内心ではルシフォールにうんざりしていたが、彼女はそれを顔に出さない様努めて振る舞った。とはいえ、別に腹を立てた訳ではないのだが。

「では、私が部屋へ戻ります。殿下、ユリシス様。この度は私の我儘で無理を申してしまって、申し訳ございませんでした」

「リリーシュ」

今日の事を言い出したのはリリーシュではなく、ルシフォールだ。しかしそれを口には出せないユリシスは、帰ろうとする彼女を引き止める。ルシフォールの大馬鹿野郎と、内心悪態を吐きながら。

「ごめんね。ルシフォールに悪気はないんだ。どうか気分を直してくれないか」

「辞めろユリシス。何故こちらがこの女の機嫌を取らねばならない。帰りたければ帰れ、その方がこんな面倒な事もしなくて済む」

「ルシフォール、だからそんな言い方は」

「あの。誤解させたなら申し訳ないのですが、私は気分を害しておりません」

「えっ」

「ただ本当に、殿下を寒空の下お付き合いさせてしまうのが忍びなかったのです」

リリーシュの瞳は、その言葉通り心配そうに揺れていた。ルシフォールの言い方にカチンと来たのは事実だが、彼はそういう人なのだ。いちいち腹を立てた所でどうしようもない。

それよりも、嫌いな事をさせてしまう方が嫌だと思ったのだ。只単純に、可哀想だ。

「だってさルシフォール。リリーシュは、寒がり屋の君を心配しているみたいだよ」

ユリシスは内心ホッと安堵の溜息を吐きながら、チラリと横目でルシフォールを見やった。リリーシュという人は本当におおらかというか、やはり少し変わっているなと思ってしまったが。

「どうする?今日はもう、辞めておく?」

ユリシスの言葉に、ルシフォールはぷいっと顔を背けると無言でスタスタと足を進めた。その方向は宮殿ではなく、馬小屋の方だった。

「ユリシスが余計な事を言うからだ。私は別に、寒さに弱くなどない。余計な心配をするな」

「殿下」

「ルシフォールは平気みたいだから、予定通り行ってみようか」

「はい。ありがとうございます」

リリーシュは苦笑しながら、ユリシスと共にルシフォールの後を追いかけたのだった。
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