ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「公爵令嬢の癖に馬に触りたいなど、一体どういう教育を受けているんだ」
「はい。全く仰る通りでございます」
未だぐちぐちと煩いルシフォールの悪態を、リリーシュは完全に右から左へと流す。文句を言いながらも帰ろうとはしないのだから、全く変わった性分の王子様だ。
(男の子って、誰にでもそういう時期があるのかしら)
幼き日のエリオットと現在のルシフォールを同列に扱っているリリーシュには、最早彼の言葉など子供の我儘くらいにしか感じられない。他のご令嬢ならば絶対にこうはいかないと、ユリシスは感心しながら眺めていた。
リリーシュ公爵令嬢は相当変わっている。というよりも、存外適当であると思った。歳の離れた弟に接するかの様な眼差しで、何を言われてもそうですねと相槌を打っている。
ルシフォールにはこんな子が合っていると思うユリシスだが、どうやらこのままでは二人が夫婦となる未来は永遠にやっては来ない様な気がしてならない。
リリーシュはといえば、ルシフォールなど目にも入っていなかった。エリオットと共に馬に乗ったのは、いくつの頃だったか。あの時は幼くて只乗っているだけで精いっぱいだったが、今ならもっとスピードを出して野を駆ける事も夢ではないかもしれない。
今度、ユリシスの後ろに乗せてもらえないかさり気なく尋ねてみよう。
リリーシュは、馬をこんなに間近で見るのはもちろんちゃんと触る事もほとんど初めてだった。縄に繋がれているとはいえ、体格は大きくどっしりとしていて少しだけ戸惑う。
しかし、そんなリリーシュの横ではルシフォールが何の戸惑いもなく馬を触っていた。余程慣れているのか、馬の方も随分と彼に懐いて見える。彼はリリーシュにチラリと視線をやると、こんな事が怖いのかと言わんばかりの表情でフンと鼻を鳴らした。
ユリシスはまた余計な態度を取って…と呆れながらその様子を見ていたが、リリーシュにとってはそんなルシフォールの態度に少しだけ緊張が和らぐ。手袋を外した手をそろそろと伸ばし、馬の首辺りにそっと触れた。
「ふふっ、温かいわ…」
馬体はふっくらとしており、ゆっくり優しく撫でると毛並みが艶々と光り出す。初めての体験にドキドキと鼓動を高鳴らせながら、リリーシュはほんのりと頬を紅く染めた。
公爵令嬢ともあろうものが馬を触り、しかもとても楽しそうにしている。見た事のないリリーシュの表情に、ルシフォールは目が離せなかった。普段は茶化す筈のユリシスも、この時ばかりは何も言わない。この女嫌いの捻くれ王子が、遂に初めての恋をするかもしれないと思うと、ユリシスは泣いてしまいそうになった。
キラキラとした瞳で馬に夢中になっているリリーシュと、そんなリリーシュの表情から目が離せないルシフォール、そしてリリーシュを見つめるルシフォールを涙目で見ているユリシス。
少し離れた場所からその光景を眺めていたルルエは、このおかしな状況は一体何なのだろうかと、そう思わずにはいられなかった。
「ねぇリリーシュ。鼻を触ってごらんよ」
ユリシスが、リリーシュにアドバイスを送る。
「鼻、でございますか?」
嫌がられはしないかと、リリーシュは戸惑う。そんな彼女を、ルシフォールがまたバカにする。
「触ってみたいと言う割には、すぐ怖がる」
「こら、ルシフォール」
「視線よりも高い位置に手を上げなければ、馬も反抗はしない。まず匂いを嗅がせる様に指を近付け、その後指の腹で優しく押す様に触ってやればいい」
「そうなのですね。やってみますわ」
リリーシュはルシフォールに言われた通り、馬の鼻に指を近付ける。くんくんと匂いを嗅がれる様な動作の後、ゆっくりと指で鼻を触った。
「まぁ!とても柔らかいです!」
もちもちとした感触に、リリーシュは感動した。国の第三王子とその従兄弟の前であると言う事も忘れ、まるで少女の様にはしゃぐ。
「私こんなに胸が躍ったのは初めてです!殿下、ユリシス様。本当に、ありがとうございます!」
いつもよりもかなり砕けた口調のリリーシュに、ユリシスはにっこりと笑顔を返す。ルシフォールはムスッとしながら、返事もせずにぷいと顔を逸らした。
「はい。全く仰る通りでございます」
未だぐちぐちと煩いルシフォールの悪態を、リリーシュは完全に右から左へと流す。文句を言いながらも帰ろうとはしないのだから、全く変わった性分の王子様だ。
(男の子って、誰にでもそういう時期があるのかしら)
幼き日のエリオットと現在のルシフォールを同列に扱っているリリーシュには、最早彼の言葉など子供の我儘くらいにしか感じられない。他のご令嬢ならば絶対にこうはいかないと、ユリシスは感心しながら眺めていた。
リリーシュ公爵令嬢は相当変わっている。というよりも、存外適当であると思った。歳の離れた弟に接するかの様な眼差しで、何を言われてもそうですねと相槌を打っている。
ルシフォールにはこんな子が合っていると思うユリシスだが、どうやらこのままでは二人が夫婦となる未来は永遠にやっては来ない様な気がしてならない。
リリーシュはといえば、ルシフォールなど目にも入っていなかった。エリオットと共に馬に乗ったのは、いくつの頃だったか。あの時は幼くて只乗っているだけで精いっぱいだったが、今ならもっとスピードを出して野を駆ける事も夢ではないかもしれない。
今度、ユリシスの後ろに乗せてもらえないかさり気なく尋ねてみよう。
リリーシュは、馬をこんなに間近で見るのはもちろんちゃんと触る事もほとんど初めてだった。縄に繋がれているとはいえ、体格は大きくどっしりとしていて少しだけ戸惑う。
しかし、そんなリリーシュの横ではルシフォールが何の戸惑いもなく馬を触っていた。余程慣れているのか、馬の方も随分と彼に懐いて見える。彼はリリーシュにチラリと視線をやると、こんな事が怖いのかと言わんばかりの表情でフンと鼻を鳴らした。
ユリシスはまた余計な態度を取って…と呆れながらその様子を見ていたが、リリーシュにとってはそんなルシフォールの態度に少しだけ緊張が和らぐ。手袋を外した手をそろそろと伸ばし、馬の首辺りにそっと触れた。
「ふふっ、温かいわ…」
馬体はふっくらとしており、ゆっくり優しく撫でると毛並みが艶々と光り出す。初めての体験にドキドキと鼓動を高鳴らせながら、リリーシュはほんのりと頬を紅く染めた。
公爵令嬢ともあろうものが馬を触り、しかもとても楽しそうにしている。見た事のないリリーシュの表情に、ルシフォールは目が離せなかった。普段は茶化す筈のユリシスも、この時ばかりは何も言わない。この女嫌いの捻くれ王子が、遂に初めての恋をするかもしれないと思うと、ユリシスは泣いてしまいそうになった。
キラキラとした瞳で馬に夢中になっているリリーシュと、そんなリリーシュの表情から目が離せないルシフォール、そしてリリーシュを見つめるルシフォールを涙目で見ているユリシス。
少し離れた場所からその光景を眺めていたルルエは、このおかしな状況は一体何なのだろうかと、そう思わずにはいられなかった。
「ねぇリリーシュ。鼻を触ってごらんよ」
ユリシスが、リリーシュにアドバイスを送る。
「鼻、でございますか?」
嫌がられはしないかと、リリーシュは戸惑う。そんな彼女を、ルシフォールがまたバカにする。
「触ってみたいと言う割には、すぐ怖がる」
「こら、ルシフォール」
「視線よりも高い位置に手を上げなければ、馬も反抗はしない。まず匂いを嗅がせる様に指を近付け、その後指の腹で優しく押す様に触ってやればいい」
「そうなのですね。やってみますわ」
リリーシュはルシフォールに言われた通り、馬の鼻に指を近付ける。くんくんと匂いを嗅がれる様な動作の後、ゆっくりと指で鼻を触った。
「まぁ!とても柔らかいです!」
もちもちとした感触に、リリーシュは感動した。国の第三王子とその従兄弟の前であると言う事も忘れ、まるで少女の様にはしゃぐ。
「私こんなに胸が躍ったのは初めてです!殿下、ユリシス様。本当に、ありがとうございます!」
いつもよりもかなり砕けた口調のリリーシュに、ユリシスはにっこりと笑顔を返す。ルシフォールはムスッとしながら、返事もせずにぷいと顔を逸らした。