ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
アイスブルーの瞳が、リリーシュからついと逸らされる。感情のこもらない声で「そうか」とだけ呟くルシフォールに、リリーシュは困惑する。
(好かれているとは思わないけれど、今すぐ追い出したいとも考えていらっしゃらないのかしら)
初めて言葉を交わした時の殿下とは、最近明らかに雰囲気が変わっていた。存在そのものを否定している様な、凍てつく瞳ではなくなっている。
それとも、リリーシュが勝手にエリオットと重ねている所為でそう見えるだけなのだろうか。今された質問の意図に、見当が付かない。
(そうだわ。きっと殿下も、悩んでいらっしゃるのね)
男性しか愛せない自分と、王子である身分ゆえの葛藤。二十二という年齢的にもそうであるし、第二王子のアンクウェル殿下も未だ未婚。そういった事情による重圧が、彼にものしかかっているのかもしれないとリリーシュは思った。
そして様々な条件等を照らし合わせた結果、観念して愛のない結婚をする令嬢候補の一人として、リリーシュを視野に入れた。そう考えると、最近の態度にも合点がいく。
(私と殿下は、違うものね)
リリーシュは今まで、自身の運命に抗おうなどと思った事はない。現状を受け入れ、その中で小さな楽しみを見つける。適当に、程々に、争う事をしない。彼女にとってはそれが一番楽だったのだ。
しかし、人間はそう簡単に割り切れる生き物ではないという事もまた理解している。今の殿下の心情はきっと、複雑なものだろう。
それならば、とリリーシュは思った。誰かを救える力が自分にあるなどとおごっている訳ではないが、そうなれるならばなりたいとも思う。
もう二度と笑い合う日は来ないかもしれない、大切な幼馴染。無意識とはいえ、その幻影と目の前の男を重ねて見ているという事がどれだけ残酷なのかを、リリーシュはまだ理解していなかった。
「殿下」
ヘーゼルアッシュの瞳に、ゆらりと灯りが灯る。ルシフォールの頬が、微かにピクリと反応した。
「私は殿下がお許しくださる限り、決してこの場所から出ていきたいなどとは思いません。出来る事ならば殿下の支えになりたいと、そう思っているのです」
「…」
「殿下はきっと、おこがましいとお思いになるでしょうが」
「…全くだ。お前が、女が、私の支えになる事など有り得ない」
「はい。承知しております」
「…」
「殿下?」
「…いや。私はただ、お前が帰りたいと言えばすぐにでも喜んで帰してやろうと思っただけだ」
ルシフォールの指が、テーブルに置かれたフォークの横でそわそわと忙しなく動く。リリーシュはそれをボーッと見つめながら、当たり障りのない笑みを浮かべて頷いた。
ルシフォールは内心、今日の夕食に何か盛られているのではないかと冷や汗をかいた。そうでなければ、今感じているこの胸の奥の痛みに説明がつかないと思ったからだ。
(好かれているとは思わないけれど、今すぐ追い出したいとも考えていらっしゃらないのかしら)
初めて言葉を交わした時の殿下とは、最近明らかに雰囲気が変わっていた。存在そのものを否定している様な、凍てつく瞳ではなくなっている。
それとも、リリーシュが勝手にエリオットと重ねている所為でそう見えるだけなのだろうか。今された質問の意図に、見当が付かない。
(そうだわ。きっと殿下も、悩んでいらっしゃるのね)
男性しか愛せない自分と、王子である身分ゆえの葛藤。二十二という年齢的にもそうであるし、第二王子のアンクウェル殿下も未だ未婚。そういった事情による重圧が、彼にものしかかっているのかもしれないとリリーシュは思った。
そして様々な条件等を照らし合わせた結果、観念して愛のない結婚をする令嬢候補の一人として、リリーシュを視野に入れた。そう考えると、最近の態度にも合点がいく。
(私と殿下は、違うものね)
リリーシュは今まで、自身の運命に抗おうなどと思った事はない。現状を受け入れ、その中で小さな楽しみを見つける。適当に、程々に、争う事をしない。彼女にとってはそれが一番楽だったのだ。
しかし、人間はそう簡単に割り切れる生き物ではないという事もまた理解している。今の殿下の心情はきっと、複雑なものだろう。
それならば、とリリーシュは思った。誰かを救える力が自分にあるなどとおごっている訳ではないが、そうなれるならばなりたいとも思う。
もう二度と笑い合う日は来ないかもしれない、大切な幼馴染。無意識とはいえ、その幻影と目の前の男を重ねて見ているという事がどれだけ残酷なのかを、リリーシュはまだ理解していなかった。
「殿下」
ヘーゼルアッシュの瞳に、ゆらりと灯りが灯る。ルシフォールの頬が、微かにピクリと反応した。
「私は殿下がお許しくださる限り、決してこの場所から出ていきたいなどとは思いません。出来る事ならば殿下の支えになりたいと、そう思っているのです」
「…」
「殿下はきっと、おこがましいとお思いになるでしょうが」
「…全くだ。お前が、女が、私の支えになる事など有り得ない」
「はい。承知しております」
「…」
「殿下?」
「…いや。私はただ、お前が帰りたいと言えばすぐにでも喜んで帰してやろうと思っただけだ」
ルシフォールの指が、テーブルに置かれたフォークの横でそわそわと忙しなく動く。リリーシュはそれをボーッと見つめながら、当たり障りのない笑みを浮かべて頷いた。
ルシフォールは内心、今日の夕食に何か盛られているのではないかと冷や汗をかいた。そうでなければ、今感じているこの胸の奥の痛みに説明がつかないと思ったからだ。