ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
第八章「忘れられない、大切な幼馴染」
ーー

リリーシュが存分に馬と戯れた数日後、彼女の部屋の扉を執事のフランクベルトがノックした。例によって彼は、リリーシュに言伝を携えていたのだ。

「国王陛下並びに王妃陛下より、本日の夜会への招待状を賜っております」

「まぁ」

「あぁ、何て事でしょう!」

リリーシュ以上の反応を見せたのは、侍女のルルエだった。頬を上気させながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「遂に、遂にですよお嬢様!お嬢様は、殿下の婚約者として認めていただけたんですよ!」

「ううん、それは違う気がするのだけど」

「何故ですか?」

「フランクベルト。私が招待されたのはあくまで夜会であり、正式な婚約発表のパーティではありませんわよね?」

「はい。仰る通りでございます」

「さしずめ、品定めといった所かしら」

そこまで辿り着けただけでも、リリーシュは十分だと思っている。しかしどうやらルルエは違うようで、ぷくっと可愛らしく頬を膨らませた。

「お嬢様の何が不満だというのでしょう」

「きっとそういう話ではないのよ」

「こうなったら、うんとめかしこみましょう!今夜の夜会で誰よりも目立つのです!」

「そうねぇ。目立つ気はないけれど、ドレスをどうするか考えなければいけないわね」

「それにつきましては、女王陛下よりアンテヴェルディ公爵令嬢へドレスを賜っております」

「女王陛下が私に?」

これには流石のリリーシュも、目をまん丸にする。ルルエは殊更にはしゃいだ声を上げた。

「定刻になりましたらメイドが参りますので、お支度をお願い致します」

「分かりました。ありがとう、フランクベルト」

「とんでもございません」

恭しくそう答えるフランクベルトも、内心ではルルエと同じ様にぴょんぴょんと飛び跳ねていたのだった。




「…」

「お嬢様、お綺麗です。とても良くお似合いですよ!」

当のリリーシュは、複雑そうな表情を隠せない。女王陛下からプレゼントされたドレスは、確かにとても上質でデザインも素晴らしかった。しかし、これは…

どうして彼女がこんなにも戸惑っているのか。その答えは、ドレスの色にあった。

目を見張る様な濃緑。つまりは、エメラルド。これを見てリリーシュが思い出す人物など、たった一人しか居ないのだ。

(王妃様がこの色を選んで下さったのは、偶然かしら)

ドレスアップした自身の姿を姿見で眺めながら、リリーシュは複雑な思いだった。只でさえ彼女は、半ば無意識の内に毎日の様にエメラルドのネックレスを身に付けてしまうというのに。

仮にも婚約者候補であるルシフォール殿下の隣に、こんな気持ちで並んで良いものか。しかし着ないという選択肢などなかったのだから、もう考えても仕方がない。

(それにしても素敵なドレス。流石王妃様だわ)

どうしようもない事は、それ以上考えないに限る。予想以上にしっくりと似合う濃緑のドレスを身に纏ったリリーシュは、鏡に向かってにこりと微笑んでみせたのだった。
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