ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「ですがお嬢様のドレスのお色は、純白のイブニングドレスなのかと思っておりました」

「あくまで正式な宮廷舞踏会ではないという事なのだと思うわ」

「何だかそれって、軽んじられている様で私は嫌です。只でさえお嬢様にとっては初めてのデビュタントだというのに」

「相手を探す為ではないし、デビュタントと言って良いのかどうかも分からないけれど。招いて頂けるだけで有り難いと思うべきなのよ」

「それでもお嬢様は、あちらから望まれてこの場においでなのに…」

未だぶつぶつと文句を口にしているルルエを宥めつつ、リリーシュは付き添い人と共に舞踏室へとエスコートされる。入った瞬間、目の前がチカチカとするような煌びやかなホールが彼女を出迎えた。

(まぁ…宮廷で開かれる夜会というものはこんなに豪華で派手なのね)

思わずぽかんと口を開けたくなるのを、リリーシュはグッと堪えた。それでも彼女の瞳は、キョロキョロと忙しなく左右に動く。

「おい」

(きっと軽食として出されるものも素晴らしいのでしょうね。コルセットがこんなにキツくなければ、きっと楽しめたのに)

「おい」

(国王陛下と王妃陛下のダンスが見られるのかしら。あぁ、楽しみだわ)

「リリーシュ」

強い口調で名前を呼ばれ、彼女は漸くピクリと反応する。体を横に向ければ、不機嫌そうなアイスブルーの瞳がこちらを睨んでいた。

「間抜けな顔をするな。お前は一応、私のパートナーという事になっているんだ」

「…」

「おい。聞いているのか」

「殿下。とっても素敵です」

感嘆の溜息と共に、リリーシュは素直な感想を口にした。元の素材が一級品である為、ルシフォールは何を着ても何をしていても様になる。しかし今夜は特別、最早人離れした美しさだと彼女は思った。

漆黒の燕尾服に、ふんだんに施された金の刺繍。飾りボタンには彼の瞳と同じアイスブルーの宝石があしらわれており、艶のあるプラチナブロンドはいつも通り後ろで一纏めに括られていた。

リリーシュはそう口にした後、挨拶がまだだった事を思い出し慌てて微笑みながらカテーシーをして見せる。ルシフォールは手で口元を押さえながら、ふいっとそっぽを向いた。

(これだけ美しい人ならば、女性が放っておかないでしょうね)

男色はともかくとしてルシフォールが女嫌いになった経緯を詳しくは知らないが、何となく想像はつく。見目麗しく身分も高い彼は、きっと幼い頃から大変な思いをしてきた事だろう。

(偽りとはいえ今は私が、殿下をお守りして差し上げなければ)

そうでなければ、自分が居る意味がない。少しでも女性のそういった視線避けになれるよう、今日はその事に尽力しようとリリーシュは思った。

「殿下。本日は私、殿下のお側を離れません。どうか、よろしくお願い致します」

「…ふん」

恭しくポーズを取ってみせるリリーシュを、ルシフォールは鼻で笑う。内心の動揺が表に出ていないだろうかと、彼は気が気ではなかった。

ーーリリーシュ

先程初めて、目の前のこの令嬢の名を呼んだ。たったそれだけで、ルシフォールの心臓は押し潰されそうだというのに。

追い討ちをかける様なリリーシュの台詞に、彼は平静を装うのにとにかく必死だった。
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