ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
この色のドレスを身に纏い、エリオット以外の男性と踊る。会えない時間が長くなればなる程、リリーシュが彼を思い出す時間は増えていった。
(いけないわ。今目の前にいらっしゃるのは、この国の第三王子なのよ)
女嫌いのこの王子様に、幾度となく冷たい言葉を吐かれてきた。それでも、ルシフォールと踊るダンスは驚く程にやりやすかった。
ちらちらと自身のドレスの裾が目に入る度に彼を思い出してしまうのを、リリーシュは懸命に堪えた。今は只、殿下の女除けとして尽力を尽くすのみ。余計な事など考えている暇はない。
アンテヴェルディ家に居た頃、ダンスの教育は受けている。それでもこういった場に慣れていないリリーシュは、何度か小さなミスを犯した。そんな彼女をルシフォールはかろかやかな動作でフォローし、アイスブルーの瞳でジッと彼女を見つめた。
「申し訳ございません」
自然とルシフォールの耳元に唇が近付く格好になる。相変わらずの仏頂面ではあったが、嫌がる様な様子はなかった。
「謝るな。最初から期待などしていない」
「はい」
リリーシュは、エリオットの幻影を振り払おうと必死だった。王妃様には申し訳ないけれど、このドレスは二度と着たくないと彼女は思う。
そんなリリーシュの様子を見て、ルシフォールは勘違いをした。上手く踊れない事に傷付いているのでは、と。
「…いや」
演奏に合わせてダンスのステップを踏みながら、ルシフォールは大いに悩んだ。そして自身もほんの少しだけ、彼女に顔を近付ける。どくどくと脈打つ心臓の音が、やけに煩く響いている。
こんな事は初めてだったので、自分はたったこれだけのダンスでもう息切れしてしまったのかと、驚いた。
「ただ私に、合わせていれば良い」
「はい。ルシフォール様」
緊張が解けた様にふわっと表情を緩めたリリーシュを見て、ルシフォールは思わず次のステップを踏み間違えてしまったのだった。
「ごめんなさいね。せっかく宮殿に来てくださったのに挨拶もせず」
「とんでもございません。私の方こそ、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。私はアンテヴェルディ公爵家の長女、リリーシュ・アンテヴェルディと申します」
人生で一番のカテーシーをするつもりで、リリーシュは気合を入れた。王妃でありルシフォールの母でもあるオフィーリアは、気品溢れる笑顔でそれに応える。
リリーシュはかねてより、エリオットの父・ジャックからオフィーリアの事を聞いていた。彼は姉であるオフィーリアの性分を、リリーシュにこんな風に語っていたのだ。
ーーあの女性は、色々な意味で恐ろしい
と。
その言葉を覚えていたリリーシュはどうしても構えてしまっていた。それに彼女の息子であるルシフォールさえ、体を硬直させている様に見えた。
「王妃陛下。この様な素晴らしいドレスを、本当にありがとうございます」
「気に入ってもらえたかしら?とても良い色でしょう?」
「は、はい」
「リリーシュさんは、エメラルドはお好き?」
気の強そうな瞳でにこりと微笑むオフィーリアに、リリーシュは答えに詰まる。
(やはりこの方はわざと私に、この色のドレスをお送りになったんだわ)
「はい。エメラルド、とても好きです」
「あら、そう」
「ですが、好きだと思う色は一色ではありません」
視線を逸らしたくなるのをグッと堪えて、リリーシュは微笑みながらそう答える。オフィーリアは一瞬ピクリと眉を動かしたが、それ以上の追求はしなかった。
(いけないわ。今目の前にいらっしゃるのは、この国の第三王子なのよ)
女嫌いのこの王子様に、幾度となく冷たい言葉を吐かれてきた。それでも、ルシフォールと踊るダンスは驚く程にやりやすかった。
ちらちらと自身のドレスの裾が目に入る度に彼を思い出してしまうのを、リリーシュは懸命に堪えた。今は只、殿下の女除けとして尽力を尽くすのみ。余計な事など考えている暇はない。
アンテヴェルディ家に居た頃、ダンスの教育は受けている。それでもこういった場に慣れていないリリーシュは、何度か小さなミスを犯した。そんな彼女をルシフォールはかろかやかな動作でフォローし、アイスブルーの瞳でジッと彼女を見つめた。
「申し訳ございません」
自然とルシフォールの耳元に唇が近付く格好になる。相変わらずの仏頂面ではあったが、嫌がる様な様子はなかった。
「謝るな。最初から期待などしていない」
「はい」
リリーシュは、エリオットの幻影を振り払おうと必死だった。王妃様には申し訳ないけれど、このドレスは二度と着たくないと彼女は思う。
そんなリリーシュの様子を見て、ルシフォールは勘違いをした。上手く踊れない事に傷付いているのでは、と。
「…いや」
演奏に合わせてダンスのステップを踏みながら、ルシフォールは大いに悩んだ。そして自身もほんの少しだけ、彼女に顔を近付ける。どくどくと脈打つ心臓の音が、やけに煩く響いている。
こんな事は初めてだったので、自分はたったこれだけのダンスでもう息切れしてしまったのかと、驚いた。
「ただ私に、合わせていれば良い」
「はい。ルシフォール様」
緊張が解けた様にふわっと表情を緩めたリリーシュを見て、ルシフォールは思わず次のステップを踏み間違えてしまったのだった。
「ごめんなさいね。せっかく宮殿に来てくださったのに挨拶もせず」
「とんでもございません。私の方こそ、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。私はアンテヴェルディ公爵家の長女、リリーシュ・アンテヴェルディと申します」
人生で一番のカテーシーをするつもりで、リリーシュは気合を入れた。王妃でありルシフォールの母でもあるオフィーリアは、気品溢れる笑顔でそれに応える。
リリーシュはかねてより、エリオットの父・ジャックからオフィーリアの事を聞いていた。彼は姉であるオフィーリアの性分を、リリーシュにこんな風に語っていたのだ。
ーーあの女性は、色々な意味で恐ろしい
と。
その言葉を覚えていたリリーシュはどうしても構えてしまっていた。それに彼女の息子であるルシフォールさえ、体を硬直させている様に見えた。
「王妃陛下。この様な素晴らしいドレスを、本当にありがとうございます」
「気に入ってもらえたかしら?とても良い色でしょう?」
「は、はい」
「リリーシュさんは、エメラルドはお好き?」
気の強そうな瞳でにこりと微笑むオフィーリアに、リリーシュは答えに詰まる。
(やはりこの方はわざと私に、この色のドレスをお送りになったんだわ)
「はい。エメラルド、とても好きです」
「あら、そう」
「ですが、好きだと思う色は一色ではありません」
視線を逸らしたくなるのをグッと堪えて、リリーシュは微笑みながらそう答える。オフィーリアは一瞬ピクリと眉を動かしたが、それ以上の追求はしなかった。