ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
一度目のダンスが終わり、リリーシュはさり気なくダンスホールから遠い位置に離れた。ルシフォール殿下も二度目を踊る気はないだろうし、他の男性に誘われても正直対応に困ってしまうから。

視線だけ動かしてホールを見渡してみても、エリオットの両親であるウィンシス夫妻の姿は見えない。あるいは会えるかもしれないと期待していたリリーシュは、内心肩を落とした。

因みに、第二王子であるアンクウェル殿下の姿もない。今日同行してくれた付き添い人によると、アンクウェル殿下は婚約者と死別してからこういった集まりには顔を見せないのだそうだ。

(エリオットはまだ学校かしら。もう少しで冬季休暇に入る筈よね)

そうすれば、いつか会える日も来るだろうか。金目当てに王家に嫁ごうとしているリリーシュを、彼はどう思うだろう。

アンテヴェルディ家の事を考えるならば、自分はここを追い出される訳にはいかない。しかし万が一そうなれば、またエリオットと気軽に会えるようになるのではという馬鹿な考えも、一瞬頭をよぎってしまうのだ。

(きっときついコルセットがキツい所為ね。余計な事を考えてしまうのは)

少し夜風に当たりたくなったリリーシュは、バルコニーに出ようと足を進める。そこで付き添い人と佇んでいると、ふいに後ろから声を掛けられた。

「お前は嘘吐きだな」

「殿下」

仏頂面のルシフォールが、リリーシュを睨みつけている。

「私の側を離れないと言った癖に」

「あ…」

そういえばそうだった。ウィンシス夫妻に会えなかったのが予想以上にショックで、ルシフォール殿下の女避け役に徹しようと決意した事を、リリーシュはすっかり忘れていた。

「お手を煩わせてしまい申し訳ありません、殿下」

「別に私は、お前など探しに来た訳ではない。夜風に当たりたいと思い出た先に、偶然お前が居ただけの事だ」

「そうですか」

リリーシュはそれ以上何も言わず、ふいっと顔を逸らす。いつもならばもう少しきちんと令嬢らしい振る舞いをする筈なのにと、ルシフォールは訝しげに眉根を寄せた。

リリーシュはいつも何でも、すぐに受け入れる性分だった。今回の事だってそうだった。

(コルセットの所為よ)

それに、王妃陛下の選んだドレスの色。これを着て、彼を思い出さないでいられる訳がない。

「何だ。何か不満があるとでも言うのか」

「不満など、とんでもございません」

「では何故、その様な態度を取る。非常に不愉快だ」

心配であると素直に口に出来ないルシフォールは、腕を組みながらそう言った。リリーシュは恭しい仕草で、ただ謝罪の言葉だけを述べた。

「これ以上ここに居ては殿下を不快にさせてしまいますので、失礼致します」

リリーシュはカテーシーをして見せると、彼のアイスブルーの瞳とは目を合わせないまま横を通り過ぎようとする。

ルシフォールは咄嗟に、彼女の腕を掴んだ。
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