ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
第九章「真実の愛を知る兄からの助言」
ーー
リリーシュは蔵書室から借りてきた恋愛小説をパラパラとめくりながら、ボーッと昨夜の出来事に思いを巡らせた。
王妃陛下からプレゼントされた濃緑のドレスはとても素敵だった。しかしあの短い会話の中で、彼女がリリーシュに対してわざとあの色のドレスを贈ったのだと、すぐに分かった。でなければ、あんな質問はして来ないだろうとリリーシュは思う。
では、何故王妃様はそんな事をしたのだろう。考えた所でさっぱり見当もつかないので、そこについてはもう考えない事にした。
次にリリーシュが思い浮かべたのは、ルシフォール殿下の姿。彼は昨日自分の事を「リリーシュ」と呼び、最後まで傍に居る事を許してくれた。
予想以上に周囲からの視線が凄く、流石のリリーシュも昨夜はかなり疲弊してしまった。男色家であり大の女嫌いとして有名である第三王子が、なんと公爵令嬢のエスコートをしているではないか、と。
実際、特にエスコートされた記憶もなければ彼はいつも通りの仏頂面だった。しかし確かに、最初の頃の刺す様な敵意は、今のルシフォールからは感じられない。
遂に結婚をしないという事を諦めたのか、取り敢えず保留にして様子を見ているのか、本当の所はリリーシュには分からない。
だけど昨日のルシフォールの表情を思い出す度、彼女は切なくなった。
ーー殿下殿下と、名前でも何でもないもので俺を呼ぶな!
あの悲痛な叫びは、リリーシュの胸に刺さった。名前で呼ぶ様言われていたのに、それを失念していた自分を反省もした。
王子でありながら男色家である彼はきっと、人より何倍も生き辛さを感じている筈。ルシフォールのあの態度は、自分を守る為の手段なのだ。
(何とかして差し上げたいと思う、この気持ちは何なのかしら)
リリーシュの心の中には今、二つの感情が交錯していた。一つは、純粋にルシフォールの力になりたいという思い。そしてもう一つは、ちくちくと刺す様な罪悪感だった。
あのドレスを身に纏い、ルシフォールと言葉を交わした。あの瞬間、リリーシュは遂にはっきりと自覚してしまったのだ。
(私は、エリオットに会えない寂しさをあの方で埋めようとしているのだわ)
最初はただなんとなく、天邪鬼だった頃のエリオットを思い出し懐かしさに浸るだけだった。しかし時が経つにつれて、リリーシュがエリオットに会いたいと焦がれる気持ちは強くなっていく。本人からの手紙も、アンテヴェルディ家を通した言伝も、彼からの連絡は何一つもない。それが、予想以上に寂しかったのだ。
リリーシュは抗わない女性だった。この結婚についても、エリオットに会えなくなる事についても、彼女はすぐに受け入れた。いや、受け入れたと自分では思っていたのに。
(私は今、とても寂しいんだわ)
その寂しさを、ルシフォールを構う事で紛らわそうとしているのかもしれない。そう考えると、自分がとても最低な事をしている様に思えて仕方なかった。
リリーシュがふぅ、と溜息を吐いている所にルルエが声を掛けた。良ければお茶でもどうかという、お誘いの言伝。誘い主は、ルシフォールの兄であるアンクウェルだった。
リリーシュは蔵書室から借りてきた恋愛小説をパラパラとめくりながら、ボーッと昨夜の出来事に思いを巡らせた。
王妃陛下からプレゼントされた濃緑のドレスはとても素敵だった。しかしあの短い会話の中で、彼女がリリーシュに対してわざとあの色のドレスを贈ったのだと、すぐに分かった。でなければ、あんな質問はして来ないだろうとリリーシュは思う。
では、何故王妃様はそんな事をしたのだろう。考えた所でさっぱり見当もつかないので、そこについてはもう考えない事にした。
次にリリーシュが思い浮かべたのは、ルシフォール殿下の姿。彼は昨日自分の事を「リリーシュ」と呼び、最後まで傍に居る事を許してくれた。
予想以上に周囲からの視線が凄く、流石のリリーシュも昨夜はかなり疲弊してしまった。男色家であり大の女嫌いとして有名である第三王子が、なんと公爵令嬢のエスコートをしているではないか、と。
実際、特にエスコートされた記憶もなければ彼はいつも通りの仏頂面だった。しかし確かに、最初の頃の刺す様な敵意は、今のルシフォールからは感じられない。
遂に結婚をしないという事を諦めたのか、取り敢えず保留にして様子を見ているのか、本当の所はリリーシュには分からない。
だけど昨日のルシフォールの表情を思い出す度、彼女は切なくなった。
ーー殿下殿下と、名前でも何でもないもので俺を呼ぶな!
あの悲痛な叫びは、リリーシュの胸に刺さった。名前で呼ぶ様言われていたのに、それを失念していた自分を反省もした。
王子でありながら男色家である彼はきっと、人より何倍も生き辛さを感じている筈。ルシフォールのあの態度は、自分を守る為の手段なのだ。
(何とかして差し上げたいと思う、この気持ちは何なのかしら)
リリーシュの心の中には今、二つの感情が交錯していた。一つは、純粋にルシフォールの力になりたいという思い。そしてもう一つは、ちくちくと刺す様な罪悪感だった。
あのドレスを身に纏い、ルシフォールと言葉を交わした。あの瞬間、リリーシュは遂にはっきりと自覚してしまったのだ。
(私は、エリオットに会えない寂しさをあの方で埋めようとしているのだわ)
最初はただなんとなく、天邪鬼だった頃のエリオットを思い出し懐かしさに浸るだけだった。しかし時が経つにつれて、リリーシュがエリオットに会いたいと焦がれる気持ちは強くなっていく。本人からの手紙も、アンテヴェルディ家を通した言伝も、彼からの連絡は何一つもない。それが、予想以上に寂しかったのだ。
リリーシュは抗わない女性だった。この結婚についても、エリオットに会えなくなる事についても、彼女はすぐに受け入れた。いや、受け入れたと自分では思っていたのに。
(私は今、とても寂しいんだわ)
その寂しさを、ルシフォールを構う事で紛らわそうとしているのかもしれない。そう考えると、自分がとても最低な事をしている様に思えて仕方なかった。
リリーシュがふぅ、と溜息を吐いている所にルルエが声を掛けた。良ければお茶でもどうかという、お誘いの言伝。誘い主は、ルシフォールの兄であるアンクウェルだった。