ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「ごめんね、寒いかな。室内よりもここの方が、誤解を招かないんじゃないかと思って」

「ここでお茶を頂けるなんて嬉しいです」

庭園の端にある温室のような場所。ここにはアフタヌーンティーが出来るようテーブルセットが置いてあり、全面ガラス張りで中の様子は筒抜け。密室は良くないがテラスでは流石に寒いのではという、アンクウェルの配慮だ。そう以前一緒にお茶をした時も、大きな窓のある素敵な部屋だったなと、リリーシュは思い出した。

ガラスから入り込む雪の反射で、アンクウェルのプラチナブロンドの髪がキラキラと輝く。長い睫毛に縁取られた深いブルーの瞳と相まって、まるで絵画の様に綺麗だとリリーシュは思った。姿形はルシフォールと良く似ているがアンクウェルはどこか儚げな美しさを湛えている。

決して手を触れてはいけない、神聖なも何かである様に。

「君と弟は、上手くやっているみたいだと聞いたんだけど。それが本当だと思ってもいいのかな?」

アンクウェルに良く似合う、真っ白な陶器の華奢なティーカップ。その所作も美しく、アンクウェルに惹かれる女性は本当に多いだろうなとリリーシュは思いながら彼を見つめた。

「上手く…という言葉をどう捉えて良いのか困るのですが、少なくとも私はルシフォール様の事を悪いお方ではないと感じております」

「では、ルシフォールと正式に婚約という話になっても、リリーシュは構わないと?」

「申し訳ございません、アンクウェル様。それは私が決める事では」

「しがらみは一旦置いておいて、君の素直な気持ちを教えて欲しいんだ。もしも君がルシフォールとの結婚を望まないのであれば、僕から進言する事だって出来る。勿論、アンテヴェルディ家の借金もなんとかしてあげる」

アンクウェルは柔和な笑みをたたえたまま、静かにリリーシュを見つめる。どうしてだろう、その様を少し怖いと彼女は感じた。

彼もきっと、只者ではないのだろう。答えを間違えれば、自分を敵とみなすかもしれない。慎重に考えなければと彼女は思ったが、結局の所どう答えれば彼が満足するのか良く分からなかった。

適当に「お慕いしています」と述べた所で、きっとアンクウェルには見抜かれてしまう。だからと言って、アンクウェルの言葉を信じられる程の関係でもない。ならば、リリーシュの答えはひとつだ。

「私の気持ちはここへやって来た時と今と、何も変わっておりません。ルシフォール様に拒絶されない限り、私の方から去る事はあり得ないのです」

「それは、君の家の事情を考えての事?」

「もちろんそれもありますが、私は自分の意思でこの話を受けさせて頂きました。それを覆したいと思う程の理由もなければ、政略的だなんだと悲観し騒ぎ立てる情熱もありません。私は昔から、自分の置かれた状況を受け入れる性分なのです」

「結局、そこに心はないという事か」

「そう仰りたいお気持ちは良く分かります。私が今ここでそれは違いますと言った所で、意味があるとも思いません」

「リリーシュ。君はふわふわとしている様に見えて、案外強かな女性なんだね」

「強か、ですか。そう表現されたのは初めてです」

「僕は貴女を、助けてあげると言っているんだよ」

コバルトブルーの瞳が、スッと細められる。リリーシュはテーブルの下で拳を握り締め、目を逸らさないままにっこりと笑顔を作った。

「助けて頂く様な状況に私はいません、アンクウェル様」

「リリーシュ分かってる?ルシフォールは男色家で大の女嫌い、気に入らない事があれば暴力で解決しようとする様な最低な人間なんだよ」

「それにつきましてお辛いのは、私ではなくルシフォール様です」

そう口にした後、リリーシュは自分がしようとしていた事をすっかり忘れていたのに気が付いた。

(そうだわ。私はそれに備えて、体を鍛えようと思っていたのよ)

今のルシフォールと接していると、何とくそんな必要はない様な気もするが。

「辛いのはルシフォール、か」

「アンクウェル様は、素敵なお兄様ですね」

「えっ、僕が?」

「はい」

ティーカップを手ににこにこと笑うリリーシュを見て、アンクウェルは呆れた様に溜息を吐いた。

この令嬢には、これ以上何を言っても無駄。打てども打てども響かないというのは、正にこの事。無理をしている様子もない、つまりは適当なのだ。なるようになると、本気でそう思っているらしい。

能天気で世間知らず、しかし彼女がやっている事は時に何よりも難しい事だ。

この令嬢を探る様な真似はもう意味がないなとアンクウェルは思いながら、小さく笑った。
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