ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
アンクウェルはまず、ルシフォールが彼女の名前を呼んだ事に驚いた。そして、自ら話しかけているという事にも。

「やはり、今度は兄上を狙うつもりなのか。浅ましい」

「ルシフォール」

アンクウェルは無礼な弟を嗜めようと立ち上がる。そんな彼よりも先に、リリーシュが動いた。椅子から立ち上がると、たたっとルシフォールの元へ駆けていったのだ。

「ルシフォール様、こんな場所でお会いできるなんて。宜しければご一緒にいかがですか?」

アンクウェルは一瞬「このご令嬢は耳が悪いのか?」と勘違いしそうになった。ルシフォールは先程間違いなくリリーシュを蔑むような言葉を口にしたのに、彼女は意にも介していない様子だったからだ。

「どうせ邪魔が入ったとでも思っているんだろう」

「そんな事は思っておりません」

「ふん、どうだか。お前は嘘吐きだからな」

「まぁ、私は嘘なんて吐きません」

「吐いただろ」

「ですがあの後、私は言葉通りお傍を離れませんでしたわ」

「後では意味がない。最初に俺を置いていった事を言っているんだ」

「それは大変申し訳ありません。次からは気を付けますわ」

「次があると思っている所が図々しい」

「そうですか。では仕方ありません」

「…参加しなければまた、王妃から何を言われるか分からない。お前でも女避け位にはなるだろう」

「こんな私にも使い道があるようで何よりです、ルシフォール様」

「ふん」

「…」

何だ、これは。自分は一体何を見せられているんだと、アンクウェルは心底疑問に思った。

言葉だけを捉えるならば、ルシフォールは最低だ。普通の令嬢ならば怒ってこの場を去るか、さめざめと泣いてしまうか、恐怖で口を閉ざしてしまうか、いずれかの反応だろう。

しかしリリーシュは何食わぬ顔で、ルシフォールの嫌味をさらりと交わしている。第三者から見ていると、良いように転がされているのは何故かルシフォールの方に見えてしまうのだ。

「アンクウェル様」

ふいに名前を呼ばれ、アンクウェルは思わずビクリと肩を震わせる。ルシフォールもこちらを見てはいるが、あまり良い表情ではない。

「申し訳ございません。アンクウェル様が設けてくださった場でございますのに、私が勝手にルシフォール様をお誘いしてしまって」

「い、いや。それは構わないよ」

「ありがとうございます」

「だけどリリーシュ。ルシフォールはこういう場は…」

アンクウェルが言い終わる前に、ルシフォールは先程までリリーシュが座っていた椅子にどかりと腰を下ろす。そんな彼を見て、アンクウェルはとうとうぽかんと口を開けた。

「私は邪魔でしたか、兄上」

ジロリと睨まれ、アンクウェルは何故か悪い事が見つかったかの様な気分になる。

「まさか。そんな事ある訳ないじゃないか。来てくれて嬉しいよ、ルシフォール」

リリーシュは新たに用意された椅子に腰掛けながら、二人のやり取りをにこにこしながら見ている。

アンクウェルは、予想を遥かに超えたルシフォールの変わりようが内心まだ信じられなかった。
< 71 / 172 >

この作品をシェア

pagetop