ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
ユリシスであれば、この地獄絵図の様な状況さえもにやにやと笑みを浮かべながら大いに愉しんだことだろう。しかし、アンクウェルにそんな趣味はなかった。

内心実に変な二人だと思いながら、アンクウェルは体裁を取り繕う。ルシフォールは先程と同じ様に、リリーシュに対して言葉遣いは辛辣だ。しかし彼が時折冷たい視線を向けるのは、彼女ではなくアンクウェルの方。

弟のこれはどう見ても、自分に嫉妬している様にしか見えない。そこまで執着しているならば何故、酷い言葉を投げかけるのだろう。

死に別れた幼馴染であり婚約者の令嬢を心から愛し、今もなお忘れられずにいるアンクウェルは、彼女に対しこんな態度を取ったことなど一度もない。嫌われてしまうとは考えないのだろうか。

「この木苺のジャム、甘酸っぱくてとっても美味しいです。甘さ控えめのスコーンと良く合いますね」

アンクウェルの心情など全く気付いていない様子のリリーシュは、幸せそうな笑顔を彼に向ける。

「あぁ、それは良かった。食べ切れないなら、部屋へ持ち帰ると良いよ」

「まぁ、宜しいんですか?嬉しい」

お菓子に喜ぶ様子は年相応で、素直に可愛らしいと思う。彼女に微笑み返したアンクウェルだったが、その直後隣から凍てつく様な空気を感じ、思わずティーカップを手から落としそうになった。

「ルシフォール。何か言いたい事があるなら」

「いえ、別に何も。菓子如きに喜んでみせる卑しい令嬢に、呆れ返っていただけです」

「おい、流石に言い方を」

「心配なさらなくとも、独り占めするつもりはありません。ルシフォール様の分はきちんと残しておきますわ」

「俺はそういう事を言ってるんじゃ…」

「ふふっ」

口元に手を当て可愛らしく笑うリリーシュを見て、アンクウェルは確信した。

このご令嬢はほんわかなどではなく、とんだ負けず嫌いだ。と。

ルシフォールの嫌味を適当に返しながらも、しっかりと仕返しめいた言葉を返してみせるのは、間違いなくわざとだ。

ーーこれはルシフォールが、敵うはずもない

アンクウェルはそう思いながらも、この女性ならば捻くれに捻くれた弟の、その奥に隠れた子供の様な寂しさを理解してくれる様な気がした。

「楽しそうだね、二人とも」

「えぇ、とても」

「どこをどう見ればそんな台詞が出るんですか」

「楽しそうだよ。とってもね」

ルシフォールは納得が行かないとばかりにむくれ、ふいっと顔を逸らす。リリーシュは相変わらず、爽やかな笑顔でにこりと微笑んだ。

アンクウェルはそんな二人を見ながら、何故か自分と婚約者の幼き頃を思い出したのだった。
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