ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
辺りがすっかり暗くなった頃、この奇妙な顔ぶれでのお茶会は幕を閉じた。アンクウェルは、自分がげっそりとやつれたのではないかと心配になった。後で必ず鏡を見ようと、彼は思った。

「アンクウェル様。本日はありがとうございました。とても楽しい時間を過ごさせていただきました」

「…まぁ、楽しめたならそれは何よりだよ」

「ルシフォール様も、ご一緒出来て光栄でしたわ」

「実に無駄な時間を過ごした」

「それは残念な事です」

「兄上、いずれまた二人で」

「待つんだ、ルシフォール」

先に温室を出たリリーシュを追いかけようとしていた様子のルシフォールを、アンクウェルは引き止めた。

「…何か話が?」

ルシフォールは訝しげな表情で、アンクウェルに向き直った。幼い頃は良く抱き着いてくれていたのにと、アンクウェルはしんみりとしてしまう。特に今日のルシフォールは、兄に対し一段と棘を纏っていたのだ。

それはひとえに、兄がリリーシュを誘ったからに他ならない。

「大有りだよ。お前は一体、あのご令嬢をどう思っているんだ」

「それをどうして兄上に話さなければいけないのでしょう」

「あまりにも目に余る態度だからさ。あれじゃあ、いつか彼女に嫌われる」

アンクウェルの言葉に、ルシフォールの頬が一瞬ピクリと反応する。しかし、ルシフォールは兄の忠告を素直に聞く様な可愛い性格をしていない。

「何の問題もありません。向こうから出て行ってくれるのなら、好都合です。まぁ、アンテヴェルディ公爵家に借金がある限り、そんな事は出来やしないでしょうが」

「それで良いのか?今のままでは決して、政略結婚の域を出ることはないよルシフォール。彼女の心まで手に入れたいと望むなら、お前は自分を変える努力をしなければ」

「何故私がそんな事をしなければならないのですか。あの令嬢の心など、私は別に欲しくない」

そう言い放つルシフォールの指がそわそわと動いているのを、アンクウェルは見逃さない。ユリシスと同様にアンクウェルも、弟のこの癖を知っていたのだ。

「なぁルシフォール。後から後悔してもどうにもならない事など、この世には幾らでもあるんだ。私を見ていれば分かるだろう。大切なものが傍にあるのは、決して当たり前ではないんだよ」

「俺は、貴方とは違う。大切なものなど作らない」

興奮すると一人称が変わる所も昔のままだと、アンクウェルは少し嬉しくなる。ルシフォールは彼にとって、大切な弟。不憫な経験をしてきたのは知っているが、だからといって己に敵意のないものにまで酷く当たる必要はない。

ましてや、それが特別な人であればある程に。

「後悔のない様に行動するんだ。ルシフォール。男ならば、傷付けるばかりではなく守るんだ」

アンクウェルのいつになく真剣な眼差しに、ルシフォールは何も言えなくなる。

そんな彼の肩を軽く叩くと、アンクウェルは去っていった。

シンと鎮まり返った薄暗くて寒い温室の中で一人、ルシフォールは今言われた事を思い返していた。
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